第15章 ならそのままで
揺れない声がする。抱き締められた体から強張りが抜けた。
大きく息を吸う。ちょっと溜めてから、鼻からゆっくりそれを吐き出す。
大丈夫。大丈夫だ。
顔を上げると鬼鮫が呆れ顔をしていた。
「…あれ?」
「何があれですか」
「いや、どうして今呆れ顔なのかなと」
「呆れますよ。今更私から何か隠し通せる気でいるんですか」
牡蠣殻は驚いた。
隠す気などない。自分の事で空気を乱したくなかったし、弱った自分を見られるのが厭だった。だから黙ってやり過ごそうとした。
そういうのも隠す事になるのか。そうか。そう言えばそうかも知れない。気付かなかった。
「薬の後遺症ですね」
否定しようとしてそれは嘘になると気付いた。渋々頷けば鬼鮫はふんと鼻を鳴らして、何か考え込む様子を見せた。
「痛いんですか」
「痛くはありません」
「では苦しい?」
「苦しいと言えば苦しいですが少し違う様に思います」
「痛くも苦しくもない?ならどうして辛そうなんです」
「……」
答えようと口を開けたが、上手く言葉が出て来ない。どう説明しよう。我を失う我を自分で説明するのは難しい。何しろ我を失っている時は、全ての事に自覚が薄い。
鬼鮫は黙って牡蠣殻を眺めていたが、やがて溜め息を吐いて牡蠣殻の額にかかった髪を撫で上げた。
「大丈夫ですか。顔色が悪い。目付きも悪い」
「…目付きは元からだと思うんですよ」
「そうでしたね。兎に角私に隠し事するなんていう浅はかな真似は止しなさい。無駄ですよ」
「…無駄…浅はか…?」
「浅はかですよ。浅はかで間抜けです」
「間抜け?間抜けは今要らないでしょうに」
溜め息を吐いた鬼鮫が、牡蠣殻の首根を大きな手で鷲掴みした。
「ここにある筈のものはどうしました?まだ気付いてないんですか」
「…あれ?」
そう言えば首元が軽い。雪中花の重みが無い。
牡蠣殻の顔色が変わった。起き上がってきょろきょろ辺りを見回す。
「牡蠣殻さん?」
腕をすり抜けて寝台を下りようとする牡蠣殻の手首を掴んで、鬼鮫はその細い体を寝具の中に引き戻した。
「お探しのものならここにはありませんよ。サソリが持って行きました」
「サソリさんが?何故?」
あなた、サソリの前であれを大事そうにしたでしょう?だからですよ。
"私たち"はそういうものを見逃さない。…本物のビンゴブッカーは。