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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第15章 ならそのままで


揺れない声がする。抱き締められた体から強張りが抜けた。
大きく息を吸う。ちょっと溜めてから、鼻からゆっくりそれを吐き出す。

大丈夫。大丈夫だ。

顔を上げると鬼鮫が呆れ顔をしていた。

「…あれ?」

「何があれですか」

「いや、どうして今呆れ顔なのかなと」

「呆れますよ。今更私から何か隠し通せる気でいるんですか」

牡蠣殻は驚いた。
隠す気などない。自分の事で空気を乱したくなかったし、弱った自分を見られるのが厭だった。だから黙ってやり過ごそうとした。
そういうのも隠す事になるのか。そうか。そう言えばそうかも知れない。気付かなかった。

「薬の後遺症ですね」

否定しようとしてそれは嘘になると気付いた。渋々頷けば鬼鮫はふんと鼻を鳴らして、何か考え込む様子を見せた。

「痛いんですか」

「痛くはありません」

「では苦しい?」

「苦しいと言えば苦しいですが少し違う様に思います」

「痛くも苦しくもない?ならどうして辛そうなんです」

「……」

答えようと口を開けたが、上手く言葉が出て来ない。どう説明しよう。我を失う我を自分で説明するのは難しい。何しろ我を失っている時は、全ての事に自覚が薄い。
鬼鮫は黙って牡蠣殻を眺めていたが、やがて溜め息を吐いて牡蠣殻の額にかかった髪を撫で上げた。

「大丈夫ですか。顔色が悪い。目付きも悪い」

「…目付きは元からだと思うんですよ」

「そうでしたね。兎に角私に隠し事するなんていう浅はかな真似は止しなさい。無駄ですよ」

「…無駄…浅はか…?」

「浅はかですよ。浅はかで間抜けです」

「間抜け?間抜けは今要らないでしょうに」

溜め息を吐いた鬼鮫が、牡蠣殻の首根を大きな手で鷲掴みした。

「ここにある筈のものはどうしました?まだ気付いてないんですか」

「…あれ?」

そう言えば首元が軽い。雪中花の重みが無い。
牡蠣殻の顔色が変わった。起き上がってきょろきょろ辺りを見回す。

「牡蠣殻さん?」

腕をすり抜けて寝台を下りようとする牡蠣殻の手首を掴んで、鬼鮫はその細い体を寝具の中に引き戻した。

「お探しのものならここにはありませんよ。サソリが持って行きました」

「サソリさんが?何故?」

あなた、サソリの前であれを大事そうにしたでしょう?だからですよ。
"私たち"はそういうものを見逃さない。…本物のビンゴブッカーは。
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