第15章 ならそのままで
泣きたくなって来た。そう、今こそ泣きたい。訳の分からないときにだぁだぁ湧き出る涙が憎らしい。草で小さな一平を見たときのように、気持ちの流れで自然に泣ければいいのに…
「牡蠣殻さん」
「…はい…」
「目を開けないなら昨夜の続きをしますよ」
何を!?
それはいけない。それは頂けない。今この状態で昨夜の続きなぞ始められた日には寿命が縮まってしまう。
思い切って目を開けると、鬼鮫が妙な顔でこっちを見ていた。少なくとも呆れてはいないようだが、この顔は一体何だろう。
「今更あなたの前後が繋がり難い言動に驚く気はありませんが」
「…今朝に限ってはそう言われると胸が痛みます…」
「…いつもならどうって事ないって話ですか?あなた矢っ張り人の話を九割方聞き流してますね」
「…胸が痛みます…」
「まあ何をぐずぐずしているのか知りませんが、思い悩むだけ無駄ですよ」
口元に触れた指がそのままずいと体を腑分けするように、下腹まで一直線になぞり下ろされた。
「ひ」
背中から二の腕、頬までが粟だった。
「ヤってしまったモノは元には戻りませんからね。諦めなさい…何で鳥肌なんか立ててるんです。矢っ張り寒いんですか」
変な気分だ。また肌を合わせたい、唇を重ねて抱き合いたい。が、そんな事は絶対言いたくない。認めてはいけない気がした。そんなのは良くない。
こんな気持ちになるのが後ろめたい。いや、悪い事をした訳じゃない。交わるのは罪じゃない。互いに求め合っての事ならば。
海士仁のときとは訳が違う。あれは未遂だった。よくわかった。
違う…。
海士仁のときとは違うところまで行ってしまった。深く繋がってしまった。
落ち着け。
何だか追い詰まったような気がして動悸がする。
…あ、まずい。
瞳孔が拡がるのを感じた。薬の揺り返しだ。落ち着かないと暴走する。
悪い事じゃないのに。酷い目にも遭ってない。今この場で薬に負けた自分を見せたくない。
牡蠣殻は目を見張って息を殺した。浅くなりそうな呼吸を殺して緊張から来る強張りを少しずつ逃して行く。
気付かれないように、そっと。
「…落ち着きなさい」
背中に手が回されて、静かに抱き寄せられた。
「大丈夫ですよ、牡蠣殻さん」