第15章 ならそのままで
「これ、風邪を引いてしまうぞな、もし」
声をかけられてヒナタの体がビクンと揺れる。気付かれていたのか。決まり悪さに顔が熱を持つ。
「また堂々と立ち聞きするのう」
のんびり言われ、ヒナタは俯いた。
「ご、ごめんなさい…。立ち聞きなんかして。で、でも、わざとじゃ…」
「構わん構わん。聞き耳頭巾は誰の頭にも乗っかっておるもんだわな。それより折角じゃ、朝餉を呼ばれて行くかえ?うん?」
自分のうちでもないのに朝飯に誘って、伊草がにんまり笑った。雨戸を大きく開けて、庭に下りて来る。
「聞いての通り、ひとり居候が増える。付き合いいい者じゃないかも知れんが、仲良うしてやってくれんかえ」
「…イソベ、さん?」
「牡蠣殻磯辺。性は悪くありゃせんが、どうにも逃げ癖のある奴でのう」
「逃げ癖…」
耳に痛い言葉。ヒナタは眉尻を下げた。自分も逃げ癖がある。同じだ。磯辺という相手に興味が湧いた。
「磯影が捕まえて来るつもりらしいが、うまい事いくかいなぁ…」
首を捻る伊草は優しい顔をしている。磯辺が嫌いではないんだろう。何か面白がっているようにも見えた。
「ま、わち共々よろしゅうよしなにの」
親しげに言われてヒナタは戸惑いがちに頷いた。
庭の林檎が紅い。綺麗だなとぼんやり思いながら、おかしな事になった早朝の外出をちょっと後悔する。
知らない相手とすぐ親しくなれる自分とは思えない。そういう事はいのやサクラに頼んだ方がいいのに…。
どんな人なんだろう。イソベさん…