第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
息が弾む。
「……は…ぁ……」
小さな喘ぎと湿った肌。牡蠣殻が触れただけで更に怒張した自分に鬼鮫は歯軋りした。
腹の立つ…
拘束していた手を放し、背中から緩やかな曲線を描く臀部へ掌を滑らせる。胸同様決して豊かではないそこを鷲掴みして腰と腰を擦り合わせた。
牡蠣殻と目が合う。
互いの顔が寄って、口唇の感触を確かめるような口吻けが交わさた。触れ合い、離れ、また触れ合い、角度を変えながら幾度となく唇を重ねるうち、舌を絡ませる興奮とはまた違う昂りが芽を出す。
ああ、抱き殺したい。
思いとは裏腹に鬼鮫は静かに牡蠣殻の腰骨に触れた。その形を確かめるような丹念な手付きで揉むように握り、撫でる。腰骨と脇との際、張りのある筋肉の上で指先に力を入れると、牡蠣殻がまた息を吐いた。
重なって押し潰された牡蠣殻の小さな胸が細やかに柔らかく心地いい。
背中にもう片手を這わせ、堪りかねて瞠目する。
満ちて足りて千切れそうだ。
多幸感に身が竦む。
最前から繰り返す感情の乱高下に鬼鮫はきつく眉間に皺を寄せた。
それに気付いた牡蠣殻が鬼鮫の額に自分の額を合わせて来た。
「……止めますか?辛そうですよ」
手に入れたくて待ち望んだものを抱きながら辛そうだと指摘された鬼鮫は、一時黙り込み、それから皮肉げに口角を上げた。
「…気にしないで下さい。私はこういう人間なんですよ…」
常に疑いがある。
他人と相容れない事、喪失感に虚無感、裏切られる事、裏切る事、自分すら信じきれない。
今この腕の中にいる牡蠣殻を失ったらどうする?
私も臆病だと、そういう事なのでしょう。
決して口には出さないが、鬼鮫はそれを知っている。知ってはいても認めない。認めてしまえばそれこそ全て失ってしまう気がするから。
結ばれた後の喪失が如何に大きいかを量らない程鬼鮫は迂闊ではない。何かを訴求するのは怖ろしい。絶対に失わないですむと確約されたものなど、何処にも無いのだ。
らしくもない冗長な抱き方をする我を笑いながら、鬼鮫は牡蠣殻を食ってしまえればと思った。
そうすればこの女は何処にも行かない。常に鬼鮫の元に在る。鬼鮫が死ぬまで。
「流石にそこまではしませんよ」
「は?」
訝しんだ牡蠣殻に、鬼鮫は歯を剥いて笑った。
「代わりに死ぬ程の思いをしましょう」
「え?」
「お互いに」