第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
「ご自分の歯の形状をお忘れですか。そんなモンで噛まれりゃ当たり前ですが半端なく痛いですよ?」
「そうですか。早く慣れるといいですね」
「…慣れろ?」
「私があなたにこうしたいのですから、慣れるしかないでしょう」
「…ふ……」
鼻から息を抜くような笑みを漏らし、牡蠣殻は鬼鮫から体を離して寝所に頬杖をついた。
「私には貴方の様な縛りがあってくれた方が有り難いのかも知れません。成る程、私もまた貴方を見つけたのかもわからないですね」
頭が冷えたような様子の牡蠣殻を見ながら、鬼鮫は寝台の脇に備わった小卓から、小さな薬包を取り上げて指先で遊ばせる。
「小憎たらしい口をききますねえ」
「そうですか?でも、そんな私を構いたいんでしょう?」
鬼鮫の指先でひらひらする薬包を目で追いながら、牡蠣殻がのんびり言った。
頬杖する腕の付け根に、僅かに赤い歯型が浮かんでいる。先程噛まれた箇所だ。見る間に色濃く広がって行くだろう痣。真っ赤に充血した目。
鬼鮫の口元に浮かんだ胡乱な笑みが、大きく深くなる。
「どんどんムカつきますねえ」
「やですよ、そんなに喜んじゃ。ますます怒らせたくなっちゃうじゃないですか」
牡蠣殻がやけに楽しそうに言った。剥き出しの肌にも乱れた髪にも無頓着で、他愛もない。子供のようだ。
「全く色気がありませんねえ、あなたは」
ポロリと本音が漏れて、目が合う。
牡蠣殻がにんまり笑った。
「やっぱり萎えます?」
「クドい。さっき言ったでしょう」
鬼鮫は真顔で牡蠣殻を引き寄せた。
草での四ヶ月、薬漬けになっていただろう牡蠣殻。
いつ会ってもボロボロと傷付きやつれているせいか、矢張りやつれている今も常態の牡蠣殻とあまり変わりはないように見える。しかし問題は目に見えるものばかりではない。
内蔵や神経系、脳へのダメージ、それらを計りながら牡蠣殻という功者を御せるだけの投薬を加減するのは生半な事ではないだろう。
恐らくは荒浜でさえ今の段階では牡蠣殻と麻薬の因果関係に明確な答えを持つまい。それを得ていたのならば、牡蠣殻は草から出る事が出来なかった筈。
初めて薬を呑んだ牡蠣殻の拒絶反応を目の当たりにした荒浜の動揺を思い出して鬼鮫は考えた。牡蠣殻に深水より自分の質に精通していると言わしめた彼でさえ、手探りの状況なのだ。