第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
鬼鮫は牡蠣殻の髪から匂う煙草と松明花を今一度深く吸い込んで、牡蠣殻の背骨が文字通り軋む程強く抱き締めた。パキと小さな音が鳴る。
「体が固くなってますよ。寝てばかりいたのでしょう?薬などにやられて情けない」
更に体を締付けながら言うと牡蠣殻が苦笑する気配があった。
「そうですねぇ」
いつに変わらぬ牡蠣殻の声に鬼鮫はフと真顔になった。
「あなたに草の麻薬はどう効くのですか?」
草で別れたとき、牡蠣殻は薬に拒絶反応を起こしていた。海士仁が牡蠣殻の質を考えて処方を変えた麻薬は、普通とは効き方も違うのではないか。
「そうですね。幾種か薬草と私自身の血を併せて服用する事に依って他と然程変わりなく効きます」
他人事の様な牡蠣殻。
「海士仁は優れた薬師です。今では先生以上に私の体を知っているでしょう。併用する薬草を見つけるのも私の体に適った服用方を探るのにもさして時も掛かりませんでした」
牡蠣殻はポツポツと続ける。
「外道薬餌を摂ると功者としての力が強まる上呑み食いへの欲求が極端に薄くなり、それでいて疲れる事がありません。便利な事です」
注意深く話に耳を傾けつつ、鬼鮫は細い腕の付け根に口を付けた。ひんやりした肌が心地良い。
牡蠣殻は小さく喉を鳴らして呼気を溜め、震える息を吐き出して目を閉じた。
「そして何より縛りがなくなるのです。自分に対しても周りに対しても。投げ槍というのでもなく、ただ果てしなく何でも出来るような気になる」
良くないとはわかっていてもと呟いて黙り、また口を開く。
「思い悩まずにすむのは楽でした。音に居たときと似た心持ちになりましたが、比べものにならない開放感で」
憧れるような声の響きに思わず顔を上げると、赤く泣き腫らした目と合った。牡蠣殻は捉えどころなく笑うと肘をついて体を起こした。
何度もこの手をすり抜けた柳の目。
「私のように逃げ癖のある者にはただの毒以上の毒かも知れませんね」
「泣かないで下さいよ。何度も薬を呑ませるのは面倒です」
「泣きませんよ。情けなくて泣くなんて情けない」
「あなたが情けないのは知ってますよ」
「何だかいいとこないですねえ、牡蠣殻磯辺には」
「別に構やしないでしょう。誰にいい顔をする訳でもなし、私がそれでいいと言ったら何でもない事です」
「…何で噛むんです?」
「おや、気持ち良くない?」