第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
「私にしてみても今のところ敢えて世帯を持つことなど到底思い及びません。相手が誰であっても有り得ない…」
「今のところ?誰が相手でも?何を言ってるんです。私の許しがない限り、未来永劫あなたが世帯を持つ事などないし、そもそもそんな真似は許しませんよ」
鬼鮫の手がスルリと脇の下、もうひとつの八ツ口から牡蠣殻の素肌へ這い寄る。
「……またそういう事を…」
牡蠣殻がいささか疲弊した様子で震えながら呟く。
「またじゃないですよ。初めから続いてるんです。全く物分りの悪い」
ずっとそうだったでしょう。まだわかりませんか。
「それは…随分根気強い事ですねえ…」
知り合ってこの方、殆どの時間を離れて過ごしているのに…。
なのに何なんだ、貴方は。
「根気強いのは元からですよ。知ってるでしょう?」
逃げてばかりいるくせに、何故恋しいと言う?そこにどれだけの気持ちがある?
私を試しているんですか。
「干柿さんは、真面目ですね……」
違う。試してなんかいない。
でも、どうしたらいいのかわからない。
何が正解なのかわからない。何時もそうだ、私は。
「さあ、根気強いからと言って真面目なのかどうか、私には図りかねますが」
正解が知りたいんですか。
「…私は、そう思いますが…」
草で私は貴方に手を伸ばした。貴方は貴方のやり方でその手を取ってくれた。別れが辛かった。
これ以上求めて、その先どうなるんです?
怖い。怖い。間違って失いたくない。
「では」
息を上げて腰に回された鬼鮫の腕に身を預けるように脱力し始めた牡蠣殻の小さな胸を弄りながら、鬼鮫は顔色ひとつ変えずに牡蠣殻の瞼に口を載せる。
「私に身を任せたらいい。私は真面目な人間なんでしょう?なら間違いはありません」
「真面目ならば間違いないとは、…ぅ、…う、クソッ、止め…ッ」
「誰に物を言っているんです。止めると思いますか、この私が」
乱れた襟元から露わになった大きな傷へ顔を寄せ、細い腰を鷲掴みする。
「何故抗うんです。そんなに不快ですか?」
目元を仄紅く染めた牡蠣殻が、首元に唇を付ける鬼鮫を戸惑いがちに見た。
「…不快…?いや…よくわからない…」
「成る程。ならわかるまで黙っていなさい」
牡蠣殻の目を間近く見返して、鬼鮫は素っ気なく言う。
「たまには黙っているのも悪くないでしょう」