第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
こういう嗜好を加虐趣味というなら、成る程私はサディストなんでしょう。
乾いた肌があっという間に冷や汗らしき湿り気を帯び始める。顔を見れば青い。
「荒浜に襲われかけた後遺症ですか、これは?怖いんですか?」
鬼鮫の口を突いて出た言葉に牡蠣殻の強張った体が動いた。鬼鮫を押し戻し、喉を鳴らして生唾を呑んでいる。
「いや」
吐きかねない様子で上ずった声を出す。
「ちょっと苦手なんですよ、こういうの」
「どこがちょっとなんです。馬鹿な」
どうせまたえずくのだろうと思えば、案の定喉をヒクつかせだした。
「大体何でいきなりこんな展開に…ヒクッ」
呆然とする牡蠣殻をよそに鬼鮫は辺りに目を走らせた。
「困りましたねえ。浴室は何処です」
「は?」
鬼鮫の問いに牡蠣殻が頓狂な声を上げる。上げた拍子にしゃっくりとも空えずきともつかない音がヒャクッと追随した。
「ここで吐かれても往生します。湯浴みしながらなら始末も簡単でしょう。事後の手間も省けますしね。女性は行為の後体を浄めたがるものでしょう?ふらふら出歩いて日頃さしてこまめに湯浴みしているようでないあなたでも、流石に汗や唾液や体液に塗れたまま着衣したくはないと思いますよ。私にしてみてもあなたの吐瀉物をつけたままでは気分がよくありませんし」
「ヒクッ」
「ヒクじゃありませんよ。さあ、浴室は何処です?」
「知りません」
「無いかもしれませんね。何せ家主が傀儡ですから」
「無いと思います。諦めましょう」
「何ならここで縊るなり殴るなりして意識のないあなたを思う様蹂躙してもいいんですよ。減らず口を叩かず消え失せもしないあなたを好きにするというのも一興、日頃のうさを晴らすいい機会と言えなくもない。荒浜由縁の下らない過去に私の行為を上書きする大層良い機会でもあります。さあ、縊りますか?殴りますか?」
「…干柿さん、何しに来たんですか…」
「あなた私を好きなんでしょう?」
「え?ええ、はい。そうだと思いますよ」
「なら下らないことを聞くのは止めなさい。なるようになっているだけです」
「いやちょっと待て。今日日夫婦間ですら一方的な性交は厳禁で…」
「あなたと私は夫婦じゃありません」
「ありませんよ。ええ、ありません」
「安心しなさい。相手が誰であれ、私は妻帯するつもりはありませんから」