第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
鬼鮫は自嘲して牡蠣殻の唇と欠けた歯列を探り続けた。
これは私の、治らない病ですね。
牡蠣殻は目を閉じない。眉間に皺して鬼鮫をじっと物言いたげに見詰めている。それを見返して、鬼鮫は牡蠣殻の体を自分の体へ貼り付けるように押し付けた。
牡蠣殻の腰が反って、引き結ばれた口から僅かに息が漏れる。その隙を逃さず牡蠣殻の口中に深く割り込む。
「…ぅ…」
一瞬、牡蠣殻がギュッと目を瞑った。小賢しく面憎い女の顔が、子供のように見えた。
ああ。
舌と舌が触れる。
本当にムカつきますよ、牡蠣殻さん。
心地良くザラつく舌を捉えて、鬼鮫は再び開いた牡蠣殻の目を凝視する。
何故そんな顔をするんです?あなた馬鹿ですねえ。
重なった唇の隙間から牡蠣殻の苦しげな息が漏れた。息の仕方がわかっていないようだ。
迷いながらだった草の時と違い、今の鬼鮫は容赦がない。
鬼鮫はいきり立つ自分を抑えながら目を細めた。
菊塵の単衣を結わえた錆浅葱の腰帯に手を掛ける。咄嗟に牡蠣殻の腰が引けたが無論逃がす訳がない。
快感も高じれば苦痛に繋がる。
鬼鮫は牡蠣殻の舌を貪りながら口角を上げた。
応えない牡蠣殻の舌の冷たい感触が心地好い。唾液が溢れる。
幾度か抱き締める度毎に、物足りなさと焦燥感を募らせて来たこの体。輪郭を覆う厚手の着衣越しに慣れた感触が、単衣を纏ったのみだとこんなにも儚い。
壊してしまいたい。
腕に力が入る。牡蠣殻がまた目を瞑った。
抱き殺したい。
この腰帯を解けば牡蠣殻の肌が露わになる。
濡れた薄い唇を鋭い歯で甘噛みしながら、しかし鬼鮫は帯から手を離した。
皮膚が破れないギリギリのところまで下唇を噛み、牡蠣殻がグッと目を眇めるのを見届けて口吻けるのを止める。
呆然と鬼鮫を見上げる牡蠣殻の顔が隙だらけで、初めて顔を合わせて会話を交わした時の事を思い出した。
「…初めて話したときも、あなたこんな顔で私を見上げてましたっけねえ…」
牡蠣殻の顎元の膏薬ごと包むように頬にあてていた手を反し、首から肩甲骨に走る大きなギザギザした傷痕をするっと手の甲で撫で下ろす。