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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー


「何でここに居るんです?」

目を瞬かせて牡蠣殻が間近に迫った鬼鮫を見上げる。

たった一度、砂で見た寝着の単衣姿。今は下に重ねる着衣もなく、ただか細い輪郭が矢鱈目に付く。日頃の厚着は貧相な体格を誤魔化す為だったのかと思う程に、薄衣一枚の牡蠣殻は頼りなく見えた。
勢い良く伸ばした手で髷を鷲掴みし、根本を捻って放つと髪が解ける。
松明花と煙草の匂いが立ち昇り、鬼鮫の喉が鳴った。
牡蠣殻の香り、幾種か嗅いだこの女の香りのひとつ。
松明草、蓬、栗、古びた紙の埃っぽさ、ときに酒精、薬、そして血。

「久し振りですね、牡蠣殻さん」

腰まで覆う長い黒髪を手に絡め、ぐっと引き寄せる。
牡蠣殻の体は他愛も無く鬼鮫に間近く傾いた。
室に入って扉を閉め、力を入れれば呆気なく砕けそうな腰骨を片手の掌に収める。
鬼鮫は牡蠣殻の目を覗き込んだ。

そう、こうしてこの女の目を見るのが好きだ。底の知れない黒い目に、潜って探るように見入るのが好きだ。その目は今、この女がよく浮かべる取り留めない色を映してはいないし、茫洋と遠く遊んでもいない。
ただ鬼鮫を見返している。

「…久し振りです、干柿さん。本当に何でここに?…どうしました?あの…あれ?でも、会えて嬉しいです」

口減らずの辿々しい言葉に身内が沸き返った。

「私も嬉しいですよ、牡蠣殻さん」

絡めた髪を更に手に巻き付け、牡蠣殻の顔を上向ける。
伸びた首の線と張り詰めた輪郭。切れ上がった扁桃型の目が引き攣られた地肌の痛みに心持ち歪んでいる。

「い、痛いですよ干柿さ…」

「そうでしょうね」

開いた口を塞ぐ。自らの口で、乱暴に喰い付く様に。

「……」

押し返す手をきつく掴み、片手を背中に回して抱き竦める。

薄い唇に舌を滑らせれば、乾いた皮膚が味蕾を刺激して僅かに苦い味がした。煙草か、薬か。

また身内が沸き立つ。この匂い、乾いた感触。

牡蠣殻だ。

興奮が腹に満ちた。

唇をこじ開けて舐める歯列に穴がある。鬼鮫が付けた傷のひとつ。牡蠣殻が鬼鮫のものである印のひとつ。

薄い体が腕の中で抗う。初めてその細い体を儚いと思った。頼りない体である事は知っていた。抱き締めて確かめたのも初めてではない。けれど今まで一度もこんな風に感じた事はなかった。
重ししていた蓋が持ち上がる様に不可解な気持ちが噴き出す。

同時に、加虐心が膨れ上がった。
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