第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
「ええ、わかりますよ。どうやら牡蠣殻さんは本当にここに居るらしいですね」
チリ。微かに鈍い金属音。聴き覚えた音。
牡蠣殻が我から首にかけた鬼鮫の印がサソリの懐にある。
頭に血がのぼり、一遍に引いた。沸いても即座に覚める。怒りだけがただ埋む。人を殺し始めてから自覚した、これが干柿鬼鮫。
鬼鮫は再び歯を剝き出した。
「何故それをあなたが持ってるんです?」
「アレは俺が拾ってやったんだ。ならアレの持ち物も俺のモンになるんじゃねぇのか?」
淡々とサソリが言う。何処か満足気な風が癇に障る。鬼鮫は苦笑した。
「人を拾い物呼ばわりとは感心しませんが、何れにせよその拾い物の持ち主は私です。返して貰いますよ」
「だからそっちは好きにしろよ。わかんねえ奴だな」
珍しく愉快そうなサソリが懐から鈍色の鎖を通した水仙の指輪を取り出した。鬼鮫は無表情にそれを眺めた。牡蠣殻の首にないこれを見るのは二度目だ。
鎖のついた無骨な指輪を指に絡めて弄び、サソリは鬼鮫の顔をじっくり見た。
「詰まんねえ飾りモンだ。俺にゃこんなモンにもバ牡蠣殻にももう用はねえ。明日にゃ返してやる」
「明日?今返したらどうです。こうなった以上どの道あなたは痛い目を見るでしょうが、それを先延ばしするのはあまり賢い事とは思いませんよ」
「脅しか。そんな真似されても痛くも痒くもねえな。オメェなんざ鬱陶しいだけだ」
「全く同感ですよ。私もあなたがひたすら鬱陶しい」
フと鼻を鳴らして鬼鮫は両の手を脇に垂らし、足を斜めに開いた。
「俺ァ今テメェと遊ぶ気分じゃねえんだ」
懐に指輪を仕舞って、サソリが腕組みする。
その背後、居間の左の室の扉がきぃと細く開いた。
「…起きたみてえだな。俺は行くぜ」
脇をすり抜けるサソリの腕を掴もうとして、鬼鮫はまた手を垂れた。
「干柿さん」
掠れた声、細く開いた扉の隙間に現れた姿。
牡蠣殻が居た。
背後からサソリが出て行く音がする。
鬼鮫はその音に背を向けて、牡蠣殻に向かって足を踏み出した。