第13章 一方その頃波平は…
虚を突かれた。
海士仁は初めて目に剣を浮かべて波平を見た。呆然としてピクリとも動かない波平に、息を吐く。
「元は磯と同じ草に失せる力がないのは何故か」
そう、草は磯から出た里だ。磯の者が反目して草を造った。
だから、草も失せれて当然の筈。なのに草の里人が失せる話はとんと聞かない。
「…何故だ?」
問い返した波平に、眉間に僅かな皺を刻んだ海士仁が一拍置いて答える。
「功者が無かった」
「功者?確かに功者は周りの者を失せ易くするものだが、しかしそれとこれは…」
「推測だ」
波平を遮った海士仁は、一平にかかりそうになった長く編んだ髪を払い、気を取り直したように口角を上げた。
「血、そして環境」
「里分かれした者たちは、潜師が多かったと聞くが…」
「察しがいい」
間を置かずに反応した波平に海士仁は満足げに頷いた。
「商才に長けながら失せるのが不得手で不失の多い勝気な潜師は磯に居辛かった筈。才長けて稼ぎ上手、目端も利く潜師は元はもっと数の多い師族であったろう。草へ流れた事で磯も道筋が変わった。里分かれが無ければ、今頃磯を治めていたのは放浪好きでボンクラな野師ではなく、潜師であったようにすら思える…」
「それは俺への当てこすりか」
渋い顔で言った波平に、海士仁は驚いて目を瞬かせる。
「推測と言ったろう」
「推測なら何を言ってもいい訳じゃない。そういうところが潜師は上手くない。言葉を選ぶのは実利の為だけでは駄目だ。相手を慮るのは大事な基本だ」
潜師は磯で最も失せる事を不得手とする実益本位の師族。藻裾と杏古也の一族だ。
が、功者である海士仁の出自でもある。
「知らなんだか。俺の父は功者で薬師の出、あれで入り婿だ」
波平の顔に浮かんだ疑問に海士仁は笑いながら応えた。
「失せるのは言葉を話すのと同じように自然な事だったし、薬種を採るのも使うのも当たり前過ぎる程当たり前だった。探索方になる為に里に戻って驚いた。薬種の故郷で俺より薬種を知る者が少ない。逃げ隠れの里なのに、俺より巧く失せる者はもっと少ない」
海士仁の小さな頃を波平は知らない。もしかしたら血縁にある藻裾も。
変わり者の父親と流離いながらどういう来し方をしたのだろう。
波平の内心など知らぬげに、海士仁はにんまり口端を上げた。