第13章 一方その頃波平は…
「これでは俺が磯影に成れると思うのも無理はない。磯はもっと基盤を揺ぎ無いものにするべきだ。職人気質だけで里は成り立たん。その点に於いて杏可也や長老連の言い分にも一理ある」
草で何を見聞きしたのか、海士仁は変わった。
波平は茫洋と、いや、呆然と一平を抱く海士仁を見た。磯辺も変わったろうか。藻裾は、杏可也は?幼い頃から身近に居て何くれとなく世話を焼き、小言を降らせて来た長老連は?
俺だけが変わらないのか?
椅子に腰掛け懊悩を隠して茫洋と冷めた白湯を啜った波平に、海士仁は眉間を開いた。
「…何れ、波平、お前と、出来る事ならば磯辺。この二人が一平の育て親であればと思う」
ふっと波平の顔が上がった。
師の血を継ぐ小さな一平を間に、手を取り合う自分と磯辺。
目の前の霧が晴れた様な心地がした。久方振りに胸が躍る。
磯辺を磯に繋ぎ止めるもの。
深水師の一粒種。
腰の座らない磯辺を最終的に磯へ帰らせて来たのは深水の存在に他ならないと波平は思い込んでいる。
実際深水師が生きていれば磯辺が磯から出る事を許さなかったろう。
磯辺は深水に逆らえなかった。
慕っていたから。杏可也と結ばれてから後までも、深水師を想っていたから。
「…本当に磯辺を連れて来られるのか」
声が掠れた。
海士仁が目を眇める。
「嘘は言わぬ。せいぜいあれに叱られるといい、波平。……今のお前にはそれが要るようだ」
ー何とでも言え。
懐に手が触れた。
磯辺を贖うものがここにある。
波平は瞠目して、笑った。
「では、私はこれで磯辺を贖おう。師のお子も引き受ける。…罵られようが蔑まれようが、私は磯辺にどうしても会いたい…。ー頼む、海士仁」