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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第13章 一方その頃波平は…


海士仁は波平の胸元を見、我の胸をトンと叩いた。

「取り引きしろ」

「取り引き?」

訝った波平の胸元を、海士仁の細く長い指が突く。反射的に身を斜めに一歩下がった波平は、突かれた箇所を押さえて口を引き結んだ。
 
「いや、海士仁…」

「師の書き付けをよこせ。それで牡蠣殻を贖う」

「…目的は磯辺の血か」

波平は眉をひそめた。薬師にサソリ、きな臭い。
波平の懸念をよそに、海士仁は平然と頷いた。

「好都合」

「何処がだ」

「書き付けひとつで牡蠣殻が帰る」

「気が進まない」

「気が進まぬでも事態は動く」

「これは無闇な人間に渡すべきではないと磯辺自身受け取るのを拒んで私に留め置いたものだ。暁の者になど…」

…暁の干柿は同じものを持っている。他ならぬ深水師から譲られたのだ。

「…信用出来ない相手には渡せない」

言っていて頭を掻き毟りたくなる。何を言っても干柿が浮かび、口に上る言葉が己を苦しめる。深水師は干柿を信用していたのか。磯辺を託すに足ると見極めたのか。私が磯辺をどう思っているか知っていて、何故。

波平の懊悩をじっと見ていた海士仁が、フッと肩を竦める。

「蠍は甘くない。代価が要る」

「……」

そもそも暁にいるような人間が甘いとは思っていない。波平は目を細めて考え込んだ。

「牡蠣殻自身より、牡蠣殻について書いたものが大事か」

海士仁の言葉に波平は苦笑いする。

「砂の国境で起きたような事をまた起こしたくない。それが磯辺の意思だし、私の意思でもある」

「このままならばいずれ蠍は牡蠣殻を知る。あれは砂の隠居の孫だ。知識に幅があり、不足がない」

「ならば尚更渡せたものではない」

「お前は欲が無いからわかるまいな」

海士仁は口元に意味有りげな笑みを刻んで首を撫でた。

「蠍は蛇の様な真似はすまい」

「何故わかる」

「権勢欲がない。あれは知識欲、そして偏執だ」

「また似た者同士の話か」

「…成る程。そうだな」

首を傾げてうっすら笑う海士仁を波平は呆れて眺めた。
許せる相手ではない。嫌いだ。しかし憎めない。それだけに腹が立つ。

「俺は杏可也に拘らず、磯を抜けるべきだった」

ぽつりと言って、海士仁は腕の中で大人しい一平を見下ろした。

「独りが向いている」

「かもな」

「だろう?では頼む」


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