第13章 一方その頃波平は…
麝香と茉莉花が匂う。相変わらずこの香りを好んでいるようだ。赤子の為か、随分と淡くなってはいるが。
「探索方は鼻が効く」
ああ。そうだったな。お前と磯辺は磯で水難や遭難に遭ったものを探し出して連れ帰る仕事をしていた。探索方は巧者を中心に回る。そこで二人は鍛えられた。
俺はその職に就くのを許される前に木の葉へ行く事になった。磯の跡取り故に違う在り方が求められた訳だ。
これは二人の巧者に対する劣等感になっていた。年頃近く、今は三人しかいない巧者。その中で自分だけが違う事が気にかかってならなかった。
「何処にいる?」
「蠍の隠れ処」
「…砂のサソリ?暁の?」
「是」
「…兎に角今磯辺はサソリのところにいるのだな?」
「是」
「お前は磯辺に会ったのか」
「否」
「ではどうして確かめた」
「薬師」
「薬師?磯の師族がどうした?」
「否」
「お前の話はいちいちこっちが補填してやらないと進まないから厭だ」
「ふ」
「笑うな。腹が立つ」
「音」
「音の薬師カブトの話か。お前、まだあいつと連るんでいるのか」
「でもない」
「…じゃ何だ」
「…友?」
「俺に聞くな」
「同じ匂いがする」
「似た者同士という事か。研究馬鹿肌だな。成る程そう言われるとよくわかる」
「お前も」
「待て止めろ。本当に止めろ。俺は研究者じゃない。研究者じゃないがそう言われると何やら引っかか…。……。…おい…今猛烈に自省モードに入りかけたぞ。俺はどの道ちょっと凄く間違いなくそこに肩を並べたくない。いや、並べちゃマズいだろ、一応磯影として」
「否」
「…否ってお前な…」
「一応とは何だ」
海士仁は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「お前は磯影だ」
どきりとした。
無論顔には出さない。けれど、明らかに脈が乱れた。
「磯影だ」
苦く穏やかに言って、海士仁は再び一平を波平に差し出した。
「磯辺に繋ぎをとれる」
「…本当なのか。本当に磯辺は其処にいるのか」
様々な動揺を呑み込んで振り絞った声は我ながら情けない響きで耳を打つ。
「隠れ処は何処にある」
「まともに行っても会えまい」
一平を差し出したまま、海士仁が淡々と首を振った。
「磯辺は蠍に囲われている」
「連れ帰る」
「難しい」