第13章 一方その頃波平は…
「俺のようになると困る」
何の外連味もなく言う海士仁に、波平は正に呆気にとられる。
「・・・お前・・・馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがそこまで底が抜けていたか?子を授かるとはそういう事ではないぞ」
「残念」
「己がか?同感だ。お前という男にはどうにも残念が付き纏う。何とかしろ、見ていて苛つく」
「授からなかった」
「・・・授からなかった・・・?」
言いかけて己が半眼の見開くのを感じた。
あの散開の時、阿杏也は確かに身籠って磯を出た。深水師と。深水師の子を孕んだと思っていた。海士仁が現れて師を殺め、姉を拐うまで。
海士仁は先生の子を育てていたのか。
「見ろ」
一平を顔の高さまで持ち上げて、海士仁は鹿爪らしい顔をする。
「似ていない」
「・・・赤子のうちは多々ある話だ。言い切れるものじゃない」
声が掠れた。
海士仁は一平を細く長い腕に抱き直し、大きな口でにんまり笑った。
「師から許された様に錯覚した。束の間でも」
その黒目勝ち過ぎる目が泣いているように見えたのは己の心が映ったものだろう。海士仁が泣くなどあり得ない。あり得て欲しくない。何でも出来るくせに不器用で、周りを慮ってもそれを見せない、初めて会ったときから虫の好かない腹が立つ昔馴染み。同門の徒。
「磯辺」
不意に出た名に胸がズキリとした。
「・・・磯辺が何だ?」
「見付けたか」
「・・・いや・・・」
「どうする」
「連れ帰る」
即答。
海士仁は一時考え込むように目を眇め、首を撫でた。
「干柿は知っていよう」
「・・・鮫のくせに両生類のアレか」
「・・・面白い」
「俺は嫌いだ」
「次に会ったら殺されるらしい」
「またお前は・・・何をやらかした?」
「磯辺に外道薬餌を呑ませた」
「そうか。そういう事なら俺がお前を殺してやってもいいな」
「ただでは死なん」
「知るか。猛省しろ、うつけ」
「していなくもない」
「何を他人事みたように」
「出来るのか」
「磯辺の事か。やるよ」
「ふん?」
「・・・何だ。何か文句でもあるのか」
「見付けた」
再び半眼が開く。
「お前が?」
「誰でもいい。大事はそこではない」
細い鼻梁に皺を寄せ、海士仁が長い三つ編みを背中に払った。