第13章 一方その頃波平は…
「…海士仁。私が藻裾や磯辺なら、イヤちょっと待てとか、景色が可笑しいよね、何コレ、間違い探し?とか言うところだぞ」
「…自分で言ってんじゃん」
「じゃ…じゃん!?海士仁!?海士仁だよな、お前!?」
「砂にこういう口調の者があると磯辺に聞いた」
「ああ、いるな。いるよ。しかしそれは別に砂の訛ではないぞ」
「じゃん?」
「…使い方も間違っている」
「?」
「…わからないものを無理に使おうとするな…」
「そうか」
他人事の様に言って頷いた海士仁に、波平はがっくり肩を落とした。赤子が詰まったような笑い声を上げて手をバタつかせる。それをじっと見ながら波平は額を擦って、溜め息をついた。
「草以来だな」
「以来だ」
何という事もなく頭を振る海士仁が面憎い。ズレた眼鏡をかけ直し、波平は半眼に厳しい色を浮かべて海士仁を睨み付ける。
「…私は、またお前に会ったら言ってやりたい事が山程あった」
渋い顔で低く言う波平に海士仁はしたり顔で頷いた。
「だろうな」
「殺してやりたいとも思っていた」
「だろうな」
「…何をしに来た。ここは木の葉、お前はビンゴブッカーだぞ。場違いとは思わないか」
「俺は何時何処でも場違いだ」
首を傾げて海士仁は腕の赤子を揺すった。
「…何でだ?」
「知るか。赤子に免じて目を瞑るからサッサと失せろ。今私はお前どころではない」
「磯辺だろう」
「そうだ。お前と姉さんがビンゴブッカーに祀り上げたせいで面倒な事になっている。ーお前、まさかに磯辺の居所は知るまいな?」
「これはお前の甥」
波平の問いを、海士仁は無視した。
腕の赤子と波平を見比べて、一歩前に出る。
「…だろうな。お前と、姉さんの子だ」
正直、赤ん坊に馴染みがない。甥と思っても我から手が出る程の子供好きでもない。
むしろ、傷付けてしまいそうで、小さい者は皆怖い。
「一平という」
戸惑いの中海士仁が告げた名に波平の半眼が開く。
深水一平。一平は今は亡い師の名だ。
「いい名だろう?」
一瞬、頭に血が昇った。
自ら手にかけた師の名を、自分が妻を掠め取った男の名を、不義の子に付けたか。
ふざけるな。