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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第13章 一方その頃波平は…


磯は縛りのない里だ。本人が望めば里を抜けるのも容易い。
功者に限らず、誰も彼も失せられる磯は誰も彼も逃げ上手で隠れ上手。言ってしまえばいちいち止めようがないし、里の成り立ちから忍びの矜持の薄いせいか、公に膾炙する事はないが里抜けは大事ではない。

磯は小さい。だが、あちこちにある。
磯を抜けた者は何処へ行っても磯人であり続ける。

だから、きっと牡蠣殻も。

ふと、波平が煙草を揉み消した。

「この続きは明日カカシやガイ、伊草殿も交えての方が良いかと思いますが。脆弱な事でしが、私も今日はもう、正直休みたい」

額を撫で上げて磯影が笑う。意外に人好きする笑顔で綱手に退室を促す。綱手は眉を上げて波平を一時見返し、肩から力を抜いて頷いた。

「そうだな。悪かった。つい話が長くなった。ゆっくり休め。話はまた明日だ」

すぅっと冷たい空気が部屋を掻き回す。綱手が訝しげに辺りを見回した。

「…窓は閉まっているか?冷えて来たな。風邪など引くなよ」

波平は半眼を綱手に据えて小さく頭を下げた。

「お気遣い申し訳ありません」

「謝るな。収まり悪い」

苦笑を残して部屋を出た綱手が扉を閉める。
波平は小さな卓に寄せられた椅子に腰掛け、手を組んだ。

卓上の湯呑みの冷めた白湯が波立ち出す。そう言えば綱手にお茶も出さなかった。

全く礼に欠けた真似をしたな。

じっと湯呑みの小波を見詰めながら、波平は口中に残る煙草のザリザリした後味を確かめた。
好きでもない煙草を吸おうと思い立ったのは虫の報せか。

顔を上げて部屋の一処を見る。冷たい風が荒ぶりながら部屋の暖気を巻き集める。

最早目に見える証も必要ない。

一際杜撰な大風が舞って細長い人陰が現れる。

波平は組み直した手を強く握り合わせて半眼を細めた。


「久方振りだな。海士仁」


風の中から着衣の裾を吹き乱しながら荒浜海士仁が長い足を踏み出す。

「懐かしがる程久しくない」

間見えたらどうしてくれよう。どうしてやるべきか。

そう思い詰めていた相手の腕に、思いがけないモノが在る。

「大した間もない」

赤子。健やかに丸い赤子が師殺しに抱かれてこちらを見ている。黒い眼、黒い髪、絢爛なお包み、無垢な顔。

呆気に取られた波平は、両の手をだらりと下げて昔馴染みの仇を見た。

「…海士仁。これは一体…どういう事だ…?」





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