第13章 一方その頃波平は…
考え耽る波平に綱手がフッと笑った。
「お前、何でそう牡蠣殻に拘る?そんなに好きなのか」
「そのようですよ」
真顔で答えて波平は綱手に目をやった。
「それにアレは忌み血が悪目立ちして正当な評価を下されていない。彼女は優秀な補佐です。散開から色々あった今、経験を積んで尚の事上手く立ち回って私を補ってくれるでしょう」
「まあ、今お前はひとりで立ち回っているものな」
移動の多い小さな里、そこでの功者の役割は他里の者が思うより大きく重いのだろう。長年絶っていた外交を再開したのだから増々足が早く腰の軽い功者は利便がいい。最もこれは磯に限らず、そんな渉外があれば何処の里も重宝する。
成る程、その点だけ考えても牡蠣殻は使える。忌み血を抜いて牡蠣殻を見る頭がなかった事に気付いて綱手は首を捻った。
とは言え、忌み血なしで牡蠣殻は語れない。それがなければ未だ綱手は牡蠣殻の名すら知らないでいたかも知れない。
「その忌み血だが」
目を眇めて波平を窺う。
「あれは血統か?それとも牡蠣殻だけの突然変異なのか?」
「私は医師ではないし研究者でもありませんから定かにお答え出来ませんが、少なくとも牡蠣殻の血縁に同じ質を持つ者がいたとは聞いた事がありません」
深水師の残した牡蠣殻の医療記録、難解で全て読み解く事は叶わなかったが、師は牡蠣殻の血が次代に継がれる可能性を匂わす記述をしている。その記述は終盤に顔を覗かせ、師が死んだ事で記録自体途絶えたせいで詳細が知れない。
これに今答えを出せる者がいるとすれば、それは恐らく、荒浜海士仁という事になるだろう。
だが、それを綱手に知らせる気はない。
「ふむ。牡蠣殻のような者がゴロゴロいては磯が物騒でかなわん」
「里自体今頃なかったでしょう」
失せる力を見込まれて大戦に巻き込まれかけた小里、逃げ隠れの地味な磯、それが忌み血という爆弾を幾つも抱えていれば、幾ら逃げても隠れても、大国に見逃されるものではなかっただろう。
「波平。牡蠣殻の事、一度木の葉に下駄を預けてみる気はないか」
綱手の一言に波平が微笑む。
「五代目。それは出来かねます。木の葉程の里ともなれば何をするにも内に気を配らずにはおられますまい。お忘れなく。牡蠣殻は磯の功者、面倒事を嫌う野師の女です。縛り付ける案件を作り出さない限り、気の向くままに何時でも失せられる」