第12章 薬師カブト
干柿の元に落ち着いた牡蠣殻を動かすのは、牡蠣殻自身の意思も手伝って今サソリに囲われたこの状況より格段に難しくなる。
「牡蠣殻は薬が効かない訳じゃありませんよ」
その内にあの鼻持ちならない大男に一泡吹かせてやるつもりでいた。これはその好機でもある。干柿の軒下から牡蠣殻を掠め去る。叶えばさぞや清々するだろう。
カブトは慎重に表情を作ってサソリを見返した。サソリの目が再び好奇に動くのを見て、また眼鏡を押し上げる。一拍置いて、状況を引き寄せる為に身についた癖。
「試してみますか?それで納得いったらば、少しは僕の話もご考慮頂けますかね」
サソリの気難しい顔は読み辛い。が、カブトは人の顔色を読むのが得手だ。そうして今の自分を築いて来た。
侮るなよ。僕とお前は"違う"。
当たり前の事なのに、これに気付かない者は意外に多い。自分の尺度で人を見、上下や優劣で括って別をつけた気になる。無意識にそれで良識や善悪を定義づける。これを糺すのは難しい。だからカブトはその隙を縫う。縫って本人すら気付かない、もしくは気付きたくない矛盾を遠ざけて、安堵を与え、信用を得る。己の来し方で、痛い程それを学んで来た。
そしてそれが通じないから、通じない事を隠さないから、大蛇丸を信じる。薄々気付きながら見ぬ振りで己さえ偽り、目を閉じる連中と大蛇丸は違う。たまさかに邂逅する得難い相手を、カブトは二度と失いたくなかった。大蛇丸自身になりたいと思う程の敬愛と執着。
"違う"。違うから、追い続ける。溝は埋まらない。だからこそ求めて止まない。
考え込んだほんの束の間気を反らし、我に返ったカブトはまたサソリを注視した。
サソリはどうだ?目を閉じるのか、敢えて乗るのか、まるで気付かないのか。
スッとサソリの顔から表情が消えた。
「コイツにはどうすれば薬が効く?」
サソリの気配が軽い。何か思い定めたか。
「こちらとしても只では教えられませんね。牡蠣殻は磯に戻れそうなのかな?」
決めさえすれば理由なく揺るぐ事をしない。サソリは何と答えるか。
「連れて行く前に血を抜かせて貰う。今後必要になったら無条件で追加だ」
サソリは淡々と言ってチラリと牡蠣殻を見た。