第12章 薬師カブト
迷いを見透かされた。カブトは息を吐いて盆の窪に手を当てる。
「…薬は差し上げますよ。苦労せずとも牡蠣殻の体を知る術も教えましょう」
「あぁ?」
いきなり転げ出た甘い話に、サソリは当然渋い顔をした。
当たり前だ。誰がこんな都合の良い話を信じるものか。増してそれを切り出したのが音の薬師カブトとなれば。
「勿論只じゃありませんよ。そんな甘い話じゃあなたは反って乗ってくれないでしょう?」
苦笑いと共に言い足したがサソリは斟酌なく無表情に顎をしゃくった。
「甘かろうが不味かろうがテメェの持ち出す話にゃ乗りゃしねえ。失せろ」
これも予期していた反応だ。カブトは頭を掻いてまた息を吐いた。
「深水という磯の医師をご存知でしょう」
「あ?あの口うるせぇフカなら弟子に殺られてくたばったろ。死人を持ち出して何の話だ」
「彼が牡蠣殻について書き記したものがある。ずっと牡蠣殻を診てきた深水があの血について克明に書き綴ったものです。…いちから牡蠣殻を調べるより、随分と話が早くなると思いますが、どうです?」
「出してみろ」
サソリに言われてカブトはツイと顔を俯け、笑った。
言うと思ったよ、この人嫌いが。
人間不信から己を傀儡にしたのではないかと思う程、サソリは人を信じないし、嫌う。少なくともカブトの目にはサソリという男はそう映る。
そこが厄介で、しかし彼を扱うツボでもある。利害関係に確信を持てばサソリは揺るがない。情を介入しないからだ。それだけに必要がなくなったときの切り捨ても早い。だから毛嫌いしている牡蠣殻を拾ったし、また、その牡蠣殻の進退を己の利潤であっさり割り振りするだろう。今牡蠣殻の生殺与奪を握っているのはサソリなのだから。
「磯の浮輪はご存知ですか」
「ご存知ご存知しつけえな。俺は磯の意見番じゃねえ」
「磯影ですよ」
「そいつがどうした。言っとくが俺は磯は好かねえ。これ以上の関わり合いはごめんだ」
苦々しく牡蠣殻を見下ろしてサソリはカブトを睨み付けた。回りくどいやり取りに苛立ち始めているのが見てとれる。カブトは苦笑して立ち上がった。
「その浮輪が深水の書き付けを持っています。牡蠣殻と交換で書き付けを渡すと言ったらば、どうします?」
サソリの眉間にシワが浮いた。
「モノもねえのに取り引きすると思ってるのか?出してみろよ、それを」