第12章 薬師カブト
薬から目を離したサソリがうっすらと口角を上げる。
「餌をぶら下げたつもりか?生憎そこまで腹ァ減っちゃねえ」
「…餌だなんてそんな、人聞きの悪い事言わないで下さいよ」
食いついて来ないという事は、既に何か掴んだのか。それとも他に協力者がいる?この男の事だから虚勢という訳ではないだろう。
サソリの真意を図りかねてカブトは内心歯噛みした。
協力者があるとすれば、相手に依って事がこじれる可能性がある。
大蛇丸は依然牡蠣殻に対して執着がない。失せる技や血に興味は持っても、心任せに消える牡蠣殻は大蛇丸にとって使い手のいいものではないらしい。深水の死に乗じて懐柔したものの、鬼鮫のせいでまた消えた牡蠣殻を大蛇丸は探そうとしなかった。
「サンプルはあるし、あのコは兎に角アタシの言っただけの事はした。牡蠣殻に関しちゃもうそれでいいのよ」
牡蠣殻の探索を言い出したカブトに大蛇丸は素っ気なかった。
「約束を守ったという事は、牡蠣殻があなたにそれだけの気持ちを持っているからではないのですか。だとすれば…」
「あのコはアタシが特別なんじゃないのよ。鮫にかまけてアタシを無碍にするようじゃねえ。第一」
腕組みして大蛇丸はにやりと笑った。
「あのコ、アタシのところにいる間も砂の隠居に便りするくらいには抜け目ないのよ。そこへ持ってきて磯の小童、暁の鮫、砂の隠居、木の葉に草。ここらと大なり小なり関わりがある。囲うにはちょっと煩雑過ぎるわ。あのコの為にそんな面倒を抱える気にはなれないのよねえ」
面倒など何程のものか。
カブトは牡蠣殻をサソリから牡蠣殻へチラリと目を動かして内心呟く。
牡蠣殻の血は使える。
あわよくば、そう、今大蛇丸が目配りしていないここで巧く立ち回れば、思う様牡蠣殻の血で実験研究が出来る。それこそ大蛇丸の干渉もないところで…。
そこで逡巡が断ち切れた。先頃不意に姿を現した、身丈の長い異相の男が頭に浮かんだ。
荒浜海士仁。
カブトの足をここ迄向けた男の、以前とは違う情のある様が、その頼み事が、我欲の切り札と頼みにした薬を懐に仕舞わせる。
その様を見てサソリが目を眇めた。
違う。自分の駆け引きのつもりで薬を下げた訳ではない。
誤解をとこうと思わず身構えたカブトだったが、その意に反してサソリは呆れ顔をした。
「お前、何しに来やがった」