第1章 魔界
「確かに今のお前には人のオーラを見ることは難しい。だが、見られるのを防ぐことは出来る。魔界の住人ならば、誰しもしていることだ」
そう言うと、彼は席を立ち、私の元へと歩いてきた。私は突然のことに、身構える。
「な、なに?」
警戒する私なんて気にもとめない様子で、彼が私の右手を取った。
「じっとしてろ」
私の手の甲に、もう唇が触れそうなほどに近い場所でそう囁いた。彼の息が私の手の甲の皮膚を撫でる。肩がびくりと上がり、硬直する。
ルシファムがそんな私のことを鼻で笑う。馬鹿にされたようで悔しかったが、何も抵抗できなかった。
彼は私の手の甲に唇を近づけたまま、呪文のようなものを唱えた。その度に息がかかって、くすぐったい。
そして、そんな私に追い打ちをかけるかのように、彼が私の手の甲にそっと口付けた。
「ひあ!?」
その柔らかな感触と、人肌の温かさに、私の体がどんどん熱を帯びていった。
「な、な、な、何をっ………!」
途中で言葉が喉に引っかかった。そんなことされたの、初めてだったから。まず、誰かに手を握られたことなど、あっただろうか。少なくとも、私に物心がついてからは一度もない。
「今のは魔力によって作った結界だ。手の甲を見てみろ」
そう言われ、自分の手の甲をまじまじと見つめる。
「うわ………何これ……」
そこには、青い星型の結界のようなよく分からない記号が描かれてあった。どれだけ擦っても、消えるどころか薄れもしない。
「今のが、お前のオーラを見られることを防ぐ方法だ。魔力を注ぐだけで、阻止できる。それを付けた者、つまり俺が消えるように魔力を注がない限り、それは消えない」
自信満々に言うルシファムに、私は冷たい視線を投げかけた。確かにありがたいが、出来れば、もっと違うやり方がよかった。
「なんだ?不満か?」
文句があるなら言ってみろ、というような余裕な表情を浮かべるルシファムに結構ムカついたけど、私は耐えることにした。
「…………別に」