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十四郎の恋愛白書 1

第10章 No.10


「井上ゆきさんですね?」

目の前の医師がオレに問う。

オレは今、大江戸病院の夜間救急の診察室にいる。バイクを辛うじて避けたオレとゆきは、別方向から信号無視をして突っ込んできた自動車に跳ねられたのだ。そして救急車で運ばれた。
しかし奇跡的に怪我はなかった。

そう、怪我はなかったのだか…。

オレは呆然と自分の目の前に手を翳した。

どう見ても小さい。いや、小さいどころじゃない。これは明らかに女の手だ。

自分の着物を見る。
黒の着流しじゃねぇ。水色の小花が散りばめられた着物だ。

顔に触る。
柔らかい。ヒゲがねぇ。髪が…長い…。

答えないオレに前に座った医師は再度声をかける。

「あなたは、井上ゆきさんですね?」




、ちげーーよ‼︎‼︎

これはアレか⁉︎
アレなのか⁉︎
前に万事屋とあった、アレなのかー⁉︎


やがてフラフラと診察室を出たオレの前に立っていたのは、黒の着流しを着て、刀を提げ、涙目でオロオロしている、自分の姿だった。



時刻は午前3時半。

パトカーから降り、呆然と立つ山崎。
そしてその前には、所在なさげにモジモジと体の前で手を弄ぶオレ(中身ゆき)と、イライラと腕を組みながらタバコを咥えるゆき(中身オレ)。

「あの…、えーと、、じゃあ、こっちが、副長で、えーと、こっちが、ゆきさんって…ことですかね?」

山崎がしどろもどろに言う。

オレたちは大江戸病院の前にいた。診察が終わってから山崎にメールして、パトカーで迎えに来させたのだ。
隊士の中でゆきのことを知っているのは山崎だけだ。

「あぁもう、山崎!何度確認すりゃ気がすむんだ!いい加減状況を把握しろ!オレたちは今、中身が入れ替わってんだよ!」

山崎からの再三にわたる確認に遂にキレて胸倉を掴み上げたが、女の高い声、細い腕では凄みもあったもんじゃない。

そこにゆきが仲裁に入る。

「トシさん!この方だって混乱なさっているんですから…。それにこんな深夜にわざわざ迎えに来ていただいているのです。そんな乱暴しないでくださいっ」

ゆきの腕に山崎を掴んでいた手はいとも簡単に退けられた。
そしてゆきは山崎に向き直ると深々と頭を下げる。

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