第10章 No.10
「悪ぃな、おばちゃん」
「いえいえ。副長さんはいい旦那さんになりそうだね」
にこやかなおばちゃんの一言に面食らう。
いつかゆきと夫婦になる、そんな日が来るのだろうか…。
ピンク色の蓋をしたタッパーは、オレには酷く不釣り合いで。
でもゆきの暖かさを表しているようで…。
胸に込み上げる何かを心地良く思いながら、丁寧に水気を取るのだった。
「トシさん、お待たせしました!」
息を弾ませてゆきがビルから出てきた。
「いや、そんなに待ってねぇ」
タバコを携帯灰皿に押し込み、ゆきの手から荷物を取る。
今まで女の荷物を持ってやるなんて考えた事もなかった。フェミニストなんて柄じゃない。でもゆきに対しては自然と体が動く。オレの行動でゆきの顔が綻ぶのが見たい。
「ありがとうございます」
期待通りにゆきはふわりと笑うと、オレの手を取って歩き出した。最近は、2人手を繋いで帰ることが当たり前になり、ゆきの方から手を繋いできてくれるようになった。それがこそばゆくて嬉しい。
2人で夜道を歩く。
たかだか20分くらいの時間だが、オレにはゆきと過ごせる貴重な時だった。
右手に風呂敷包みを持ち、左手でゆきの手を繋ぐ。ゆきが車道側になってしまうが、万が一夜襲にあった際、右手の荷物を手放し刀を握るためだ。
家に着くまでの僅かな時間を色々な話をして歩く。
ゆきはよく話し、よく笑い、オレの話をよく聞いてくれた。
深夜の繁華街はまだネオンが煌めき、人通りや車通りもそこそこある。
最後の横断歩道を渡っている時、突然角からバイクが飛び出して来た。
「きゃ…‼︎」
目を見開くゆき。
ぶつかる寸前、咄嗟にゆきの頭を抱え、横っ飛びに飛んだ。耳をつんざくブレーキ音を背景にゴロゴロと転がり、ゆきを抱えて起き上がる。
「大丈夫か⁉︎」
ゆきにそう問うオレの声と、プアー‼︎という大音量のクラクションの音が重なった。
眩しいライトに照らされたオレたちの影が長く伸びたのを見た瞬間、、ドン‼︎、と衝撃が全身を襲う。
宙に浮く感覚。
薄れる意識の中で、ゆきの身体を必死に抱きしめた。