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十四郎の恋愛白書 1

第9章 No.9


「え⁉︎」

突然の話にゆきは目を見開く。
大きな瞳を縁取る睫毛は黒く長い。

「真選組の女中の仕事は給料はいい。その分キツイらしいが…。でも仕事を2つ掛け持ちしたり深夜の仕事をするよりはマシだと思う」

この事は山崎の話を聞いてからずっと考えていた。料理好きなゆきなら真選組の女中の仕事に頷いてくれるのではと思った。

しかしゆきの返事は否だった。

「ごめんなさい、トシさん。とても有り難いお話ですけど、私、定食屋のお仕事をやめるわけにはいかないんです」

ゆきは申し訳なさそう目を伏せる。

「定食屋の女将さんは私のことを本当の娘みたいに思ってくれているんです。本当に良くしてくださいます。だから女将さんの恩義に背くわけにはいきません」
「そうか…」
「トシさん、せっかく良いお話をいただいたのに申し訳ありません」

ゆきに頭を下げられては諦めるしかない。
残念だが、義理堅いところもゆきの良いところだ。

しかしそこでふと名案を思い付く。

「よし、なら、オレがこれから毎日迎えに来てやるよ」
「えぇ⁉︎ いや、そんな、悪いですって‼︎」

ゆきは驚いて言うが、オレは引かない。

「何言ってるんだ。深夜の2時だぞ。そんな時間に女が1人ウロつくなんて、襲ってくれって言ってるもんだ」
「でも、この時間はキャバ嬢のみなさんの帰宅時間と重なりますし、まだ人通りはあるので…」
「それは繁華街だけだろ。住宅街に入ったら真っ暗な上に人っ子ひとりいねーじゃねぇか」

今も見た限り通りに人気はない。

「それはそうですが…、でも今までも大丈夫でしたし…」
「これからも大丈夫っていう保証はねぇだろ。それにおまえ、以前ストーカーに付き纏われたこともあんだろ。これからそんなことがまたあるかもしれねぇ」
「でもっ…」

尚も言い募るゆきの手を引いた。

「っ!ト、トシさんっ!」

オレはゆきを腕の中に抱き締めていた。
ふわりとゆきの優しい匂いが鼻を掠める。 仕事上がりだからだろう、汗の匂いも混じっていた。

「オレはおまえに惚れてるって言ったろ。好きな女を危険な目に遭わせて、平気でいられるわけねぇだろうが」
「トシさん…」
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