第9章 No.9
眠らない夜の街。
時刻は深夜2時。まだネオンは光輝いていた。
オレは以前討ち入りの際に利用した雑居ビルの前にいた。
ゆきはここで働いている。
入り口近くの壁にもたれかかり、タバコに火をつけた。
ふぅと白煙を吐く。
今まで自分の気持ちばかりに気が行って、ゆきをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
ゆきが何故こんな深夜の仕事をしていたのか、きちんと考えなかった。
「あれ⁉︎ トシさん⁉︎」
素っ頓狂な声が聞こえた。ゆきだ。仕事が終わってビルから出てきたようだ。
「よぅ」
オレはもたれていた体をゆっくり起こした。
「どうしたんですか?こんな時間に」
ゆきが駆け寄ってくる。心なしか嬉しそうな様子に、頬が緩む。
「おまえを迎えに来たんだよ」
「え⁉︎」
ゆきは大きな目をパチリと開いた。黒目がちなその瞳に街のネオンの光がキラキラと映った。
「行こう。送ってく」
スッとゆきの手を握ると歩き出した。
ゆきもつられて歩き出す。
しばらくしてゆきが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、トシさん、…わざわざ私のこと、迎えにきてくれたんですか…?」
『わざわざ』と付けたのは、オレが隊服ではなく着流し姿だったからだろう。見廻りついでではなく自分を送るためだけに来てくれたのか、ということだ。
「あぁ。こんな深夜に女が1人でうろついたら危ねーだろ」
繋いだ手をキュッと握る。
「今まで気付いてやれなくてすまなかったな」
そう言うと、ゆきは首を横に振った。
「私、この前、トシさんのこと引っ叩いちゃって…。ごめんなさい…」
ゆきは俯きながら謝った。
「いや、あれはオレが悪かったから。他の客もいたのにあんな話しちまって…。まだ怒ってるか…?」
ゆきは再び首を横に振る。
薄暗がりの中、俯いたままのゆきがどんな表情をしているのかわからない。
しばらくの沈黙の後、心配になりゆきに聞いた。
「…もしかして、迎えに来たの、迷惑だったか?」