第1章 No. 1
まだ少し時間が早かったか。定食屋には暖簾がかかっていない。パカリと携帯を開いて時刻を見ると、10時30分。開店時間まであと30分ある。
浮かれるあまり、開店時間まで気が廻らなかった。仕方ない。タバコ吸って待ってるか。
その時、カラカラとガラス戸を開けて、一人の女が店内から現れた。二十歳過ぎくらいだろう白い割烹着姿の女は、ホウキとチリトリを持って店の周りを掃除し始める。
「あれは…」
ポツリと呟いたオレの声に、女はふと此方に気付くと、黒目がちな大きな瞳を弓なりに細め「いらっしゃいませ」とニコリと笑った。
「申し訳ありません。開店までまだ少し時間が…」
「あんたがマヨネーズの神か‼︎」
「…は?!」
マヨネーズの神(オレ命名)は、突然間合いを詰め寄って来たオレに怯えたように一歩後ずさった。しかしオレはガシリと女の肩を掴み、グワッと視線を合わせる。
「オレは真選組副長、土方十四郎だ。あんたの名前は?」
「し、んせん、ぐみ…? あ、警察の…」
オレが警察と知り、少し警戒心が解けた女はしかし、オレの次の言葉に目を丸くした。
「二週間前に、あんたの手作りマヨネーズを食った。すげぇ美味かった!あんな美味いマヨネーズを作れるなんて、あんたもきっと、スゴいマヨラーなんだろう? 是非、名前を教えてくれ‼︎ そして、またあのマヨネーズを食わせてくれ‼︎」
「マヨ…、あ、土方スペシャルの、土方さん?」
「! そうだ」
自分専用の裏メニューが彼女にインプットされていたことに満足し、オレがやっと肩から手を離すと、女はふわりと笑った。
「マヨネーズ、気に入ってくださったんですね。良かった。 私は井上ゆきといいます。先月末から、こちらの定食屋さんでお世話になってます。どうぞよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられ、オレもつられて頭を下げる。
「あ、あぁ。こちらこそ…」
落ち着いて挨拶する彼女に、興奮していた自分が瞬時に恥ずかしくなった。しかし、にこやかに告げられた次の言葉にピシッと固まる。
「でも、すみません。私マヨラーじゃないんで」
ガーン‼︎‼︎
「え…、ち、がう、のか? 神の領域に達する程のマヨラーだから、あんなに美味いマヨネーズが作れたんじゃ…」