第5章 No.5
「返事、考えといてくれ。…オレ、本気だから。お前にずっと傍にいて欲しいと思ってる」
オレの言葉にゆきは瞳を潤ませると、俯いた。
「あの…、トシさんみたいな凄い人が私のこと好きだなんて、私、考えてもいなくて…」
「オレは凄くなんてねぇよ。局長である近藤さんの後ろに引っ付いて“副長”なんて座に就いてるだけだ」
「そんなことっ…!」
否定しようとしたゆきの柔らかい頬に手を添え、止める。
「鬼だのなんだの言われているが、オレだって1人の人間だ。そして、お前のこと好きになっちまった。理屈じゃなくて、いつの間にか凄い好きだったんだ」
「トシさん…」
ゆきの頬からゆっくりと手を離すと、またゆきの手を握り歩きだした。
ゆきも黙ってそれに従う。
等間隔に並んだ街灯が2人の影を長く照らした。
「3週間前ケガをして、2週間程入院してたんだ。だから店に行けなくて、お前がストーカー被害に遭ってたこと知らなかった。すまなかったな」
ゆきは慌てて首をブンブン振った。
「それでやっと退院して店に行ったら、お前は早退していなくて…。店からの帰り道に万事屋とお前がデートしてるとこ見たんだ。滅茶苦茶ショックだった。それで、それからお前に会いづらくて、店に行けなかった」
自分のヘタレ具合を告白するのは格好悪かったが、ゆきには素の自分を出せた。
ゆきがオレを見上げた。
潤んだ瞳に赤い頬。あぁ、またキスしたくなっちまう。
オレはキスの代わりにゆきの小さな手をギュッと握ると言った。
「返事、考えといてくれるか?」
ゆきはコクン、と頷く。
それからは2人、無言で歩いた。
しばらくしてゆきが足を止める。
「トシさん、私の家ここなんです」
それは古い長屋の一角。築50年は経っているのではないだろうか。ところどころ土壁が剥がれ落ちている。
五軒続きの右から2番目がゆきの家だった。
しかし古びた引き戸の両サイドには手入れされたプランターが置かれてあり、小花が綺麗に咲くそれに心地良い印象を受ける。
ゆきはカギを開けてこちらを振り向いた。
「あの、古い家ですが、良かったら上がって行かれますか?」
「いや、時間も時間だし、やめとく」