第19章 No.19
しかしゆきはオレから数歩離れると、ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい」
そしてクルリと踵を返すと走り去ろうとする。オレは慌てて掴み直して引き止めた。
「待てよ! なんでだよ!理由を言ってくれ!」
ゆきは振り返らない。
「オレ、おまえの気に触ること何かしたのか⁉︎ それなら謝るから!他に嫌なところがあったら全部直すから! だから!だから、別れるなんて言うな!」
捲したてるオレに、ゆきは振り返らないまま小さく呟く。
「…私、本当は、マヨラーは嫌いなんです…」
「 ‼︎ 」
絶句…
なんで⁉︎ だってあんなに嬉しそうに、土方スペシャル食ってるオレの姿を見てたじゃねぇか!毎日マヨネーズ作ってくれてたじゃねぇか!
思わず緩んだオレの手を振り払おうとするゆきに、オレはまた焦ってその腕を掴む。
「なら、やめるから!」
ゆきの動きがピタリと止まる。
「おまえが嫌いなら、マヨラーやめるから!マヨネーズなんて2度と食わねぇから!だから!だからっ、ゆき!」
女に縋り付くなんて初めてだった。
でも今のオレはプライドやマヨネーズなんてどうでも良かった。
ただゆきを手放したくない一心だった。
ゆきがゆっくり振り返る。
黒曜石の瞳は涙に濡れていた。
「ゆき…」
「私、他に好きな人ができたんです」
「 っ‼︎‼︎ 」
心臓が潰れたと思った。
ショックで声が出ない。
「その人と付き合うことになったんです。だから、トシさんとはもうサヨナラしたいんです。…ごめんなさい」
ゆきは瞳を伏せ、再び「ごめんなさい」と言った。
「どこのどいつだよ…」
やっと絞り出した声は掠れていた。
胸の奥から、体の底から、黒いドロドロが溢れ出る。
その時、背後から声がした。
「ハイ、多串くん、それ、オレね」
全く気配なくオレの背中を取った野郎は、万事屋だった。
「 ‼︎ 」
驚き振り向くオレの横を通り過ぎ、野郎はゆきの腕を掴んでいたオレの手をグイと離した。
そしてゆきの腰を抱き寄せその腕に包むと、ニタリと見下した笑みを貼り付けた。
「多串くん、君はもう用無し。ゆきはオレがもらうから」