桜の葉が舞い散る季節、貴方の傍に居られたら… 【気象系】
第10章 I.
やがて俺とお手伝いさんの手は解かれ、お手伝いさんはその涙に濡れた頬を、エプロンの裾で拭った。
「じゃ、行きますね?」
俺はお手伝いさんに向かって軽く頭を下げると、車に向かって踵を返した。
「あ、あとこれを…」
背中を向けた俺に、思い出したようにお手伝いさんの声がかかる。
俺は身体ごとお手伝いさんを振り返ると、その手の中にある小さなメモを受け取った。
そこにはいくつかの数字が並んでいて、見た瞬間に携帯電話の番号だと分かった。
「奥様の電話番号です。坊ちゃんに何かあればこちらへと…」
”何か”
その言葉が俺の中で僅かにチクリと刺さったような気がした。
出来ることなら、その”何か”で連絡を取ることはしたくないけど…
「分かりました。あの、また連絡します、ってお伝えください。それと、翔さんのことは、俺達で責任をもってお世話するんで、心配しないでくださいと…」
そうだ、翔さんは俺が守る、って決めたんだ。
「お願いします」
お手伝いさんがまた頭を深く下げたのを見て、俺は再び翔さんが待つ車に向かって走り出した。
「あ待たせ」
ドアを開け、後部座席のシートに身体を沈めると、窓を開け、泣き顔で俺達を見送るお手伝いさんと、その向こうで庭木に隠れるように見守る翔さんのお母さんに向かって、小さく頭を下げた。