桜の葉が舞い散る季節、貴方の傍に居られたら… 【気象系】
第4章 U
俺の発した言葉が間違っていたのか、目の前の笑顔が、次第に悲しげに歪んで行く。
そして俺の頬に手が伸びて来たかと思うと、ゆっくりと口が動き始めた。
「俺は”雅紀”だよ? 翔さん、あなたの後輩の”相葉雅紀”」
雅紀…?
俺の後輩…?
それに今俺のことを”翔さん”と…?
この男は俺のことを知っているのか?
分からない…!
この男のことも…
そして自分のことも、何もかも…
疑問ばかりが頭の中を駆け巡り、窮屈なベッドの中、背中を丸め、俺は頭を抱え込んだ。
「ちょっと、どうしたの? どこか痛いの?」
慌てた様子で俺の身体を揺する手を、俺は乱暴に払い除けた。
「翔さん、あんた一体どうしちゃったの?」
それは俺の台詞だ…
「分からないんだ、何も…」
自分が誰で、どこから来たのかすらも…
「ね、と、とにかくさ、ちょっと落ち着いてさ…。あっ、そうだ、腹、減ってない? 飯でもしない? 俺、用意してくっからさ、ちょっと待ってて?」
”雅紀”がベッドから抜け出し、部屋を出て行く。
その背中を、俺は僅かに霞んだ視界の中で見送る。
あれ?
アイツ、誰だっけ…?
一瞬で頭の中に靄(もや)がかかったような…
そんな感覚だった。
俺は、今さっきの出来事すら、忘れてしまったんだ。