桜の葉が舞い散る季節、貴方の傍に居られたら… 【気象系】
第12章 A…
「ごめんね…」
ポロポロと涙を流し始めた翔さんの頬に手を伸ばす。
でもその手は、頬に触れる直前でピタリと止まる。
また振り払われたら…
そう思ったら、それ以上触れることはおろか、手を伸ばすことすら出来なかった。
「帰ろ? アパート…帰ろ?」
俺の言葉に、翔さんが泣きながら首を何度も縦に振る。
「あの、すいません。折角なんですけど…ごめんなさい」
高橋さんに向かって深々と頭を下げ、俺は倒れたパイプ椅子を直した。
床に落ちてしまったジャンパーを拾い、しゃくり上げるように泣き続ける翔さんの肩に掛けた。
「帰るよ?」
「…帰る? 一緒…?」
きっと今の翔さんには全てが不安で仕方ないんだ。
「本当にいいんですか? あなたが思う程、認知症患者の介護は楽じゃあありませんよ?」
俺の背中に向かって高橋さんが言う。
その口調が、俺には酷く事務的に感じて…
「分かってます。でも俺、別にここに入院させるつもりで見学に来たわけじゃないですから。それに何より、本人が望んでませんから」
そうだ、そもそも翔さんを入院させるつもりなんて、俺にはなかったんだ。
ただ、そこが…精神病院ってとこがどんな所なのか、現実を見たかっただけなんだ。
その上で、今後のことを考えよう、そう思ってたんだ。