第3章 憧憬
「あー。疲れた…」
シートにもたれて、両手を放り投げる。
「足広げて座るな。」
バックミラーを見れば、キッと睨むマネージャーと目が合う。
「良いでしょ。たまに気を抜かせてよ。」
「私、凄く頑張ってると思うんですけど?」
今度は私が睨む番。
「はいはい。水澤は、よく頑張ってるよー。」
棒読みなのが癪に障る。
黙っていれば目を引く顔立ちの私の担当マネージャー。
現場にいれば、私より人気があるような気がする…。
ものすごく口が悪くて、何度か泣きそうになったこともあった。
それでも、見返してやろう!と思って今まで頑張って来た。
頑張りが認められたのか、オーディションにも合格し出演作もある程度増やすことが出来た。
そのせいもあり、ここの所休みがほぼ無い。
求められている『水澤日菜乃』。
演じる時間が多くなる。
好きな食べ物は、ケーキ。
甘いものは好きだけど、本当に好きなのはお酒。
衣装で着るのは、可愛い服ばかり。
本当に着たいのは、シンプルでも目を引く大人の女性が似合う服。
髪だって、緩いパーマが掛かった髪型より本当はバッサリ切りたい。
事務所に所属し、早々に受けたオーディション。
新人で、キーマンの役に合格。
アニメがヒットし、そのお陰で私の名前も売れた。
沢山のファンもついて、雑誌の取材にラジオ出演など最初は戸惑ったけれど……
でも、あの人の耳にも入ってるのかな?と思うと頑張れた。
求められる『水澤日菜乃』
可愛くて、守ってあげたくなるような女のコ。
いつも笑顔で周りに元気を与えられる。
必要とされているのが、『私』じゃなくても私は前に進むの。
貴方の記憶に残りたいから。
目を閉じると数ヶ月前に初めて会った時のことを思い出す。
それだけで口元が緩む。
「少し眠るから、入りの30分前に起こして。」
遠くてマネージャーの声が聞こえたけど、私は深い眠りに落ちた。