第77章 待望
見慣れた名前に口元が緩むのは紛れもない事実。
それでも電話の向こうにバレないように小さく息を吸い込む。
「はい。」
「あぁ。大丈夫だよ。」
「返せなくて悪かったよ。」
「それで?どうした?」
「何かあった?」
「ふぅん。」
「まぁ、お前がそう言うなら。」
「今日?何時頃?」
「あぁ。その時間なら戻ってると思うけど。」
「迎えに行く?」
「あぁ。そう。」
「じゃあ。家に来るんだな?」
「分かった。」
「じゃあ、後で。」
画面をタップし、顔を上げればいつの間にか目の前に立ってニヤニヤする人と目が合う。
「ご機嫌だね?何かいいことでも?」
「放っておいて下さい。いつからいたんですか?」
「ん?秘密。」
「人の電話聞くなんて悪趣味ですよ。」
「聞かれて不味いことを廊下で話してる方もどうかと思うけどね?」
「はぁ…もういいです。」
横をすり抜けようとすれば、邪魔をするように体を寄せる。
「えー。つまんなーい。」
「櫻井さんには関係ない話ですよ。」
「俺なんかに構ってないで、待ってる人の元にでも行ってくださいよ。」
「あはは。その辺は否定はしないけど。」
「でも、少しは愛想良くしても罰は当たらないと思うよ。」
「まぁいいや。」
「ヒナによろしく言っといて-。」
ヒラヒラと手を振って歩いていく櫻井さん。
何でこの人にはバレるんだろう。
本当にやりにくい。
チッと軽く舌打ちをして気持を切り替える。
だって。
今日はヒナに会えるから。
自然と足取りは軽くなるよ。
本当に単純すぎて笑えてくる。