第73章 夢幻
「信彦さん?ドライヤー知りませんか?」
リビングの扉を開けて問いかければ、質問の答えは目の前に。
「ここにあるよ?」
「ちょっと借りても大丈夫ですか?」
「んー。ダメ。ボクが使うから。」
そう言うと、ソファーの前にクッションを置いてポンポンっと軽く叩く。
「はい。どうぞ。」
「信彦さんもシャワー浴びた方が良いんじゃないですか?」
「終わったら入るよ。」
「だから。はい。どうぞ!」
万遍の笑みに一瞬戸惑うけれど、この調子だと多分折れてくれることは無いのは予想出来る。
何も言わずに指示されたクッションに座れば、聞こえる鼻歌。
直ぐさま聞こえるドライヤーから吹き出す音。
時折うなじに触れる指先がくすぐったくて。
体を引けば引き戻される。
「もうちょっとだからねー?」
髪が長くて良かった。
こうして、信彦さんに長く触れて貰えるから。
ドライヤーの音が消えると同時に聞こえる信彦さんの声。
「はい。終わり。」
そう言うと、ドライヤーを手に持ち立ち上がる。
「信彦さん?私が乾かしてあげますよ?」
「うぅん。大丈夫。女の子は準備に時間が掛かるし。」
「早く出掛けたいし、そっちに集中して?」
顔を傾け笑顔を向けてくれる。
つられて私も笑顔になる。
「じゃあ、行ってくるね。」