第73章 夢幻
隣を走る信彦さん。
走り始めて大分経つのに信彦さんは、一向に汗をかかない。
それに比べて私は……。
「信彦さんって、汗かかないんですか?」
「え?………そうなんだよね。ライブでもなかなかかけない。」
「アイドルみたいですね。羨ましい。」
話をしながらでも額、首筋と汗が伝う。
「えー。汗かいた方がすっきりするし。」
「スポーツやってます!って感じするよね?」
「ボクはなかなかそれを味わえないんだよ。」
口をとがらせて先を見つめる。
「そうなんですか?前はバドミントンとかしてませんでした?」
タオルで拭いても流れる汗は止まらない。
「うん。最近はなかなかね。大輝くん達とやりたいって話してるんだけど。なかなかね。」
随分前から会話をしても信彦さんの呼吸は一向に上がらない。
忙しくても、ちゃんとトレーニングしてるんだなって。
今日は日差しが強くて。
でも、時折抜ける爽やかな風が心地良い。
「ね?どこまで行く?」
「この公園を一回りして帰りましょう。」
「了解。」
眩しそうに目を細めながら続く道の先を見つめると少しスピードを上げる。
まだまだ余裕があるなんて。
人が少ない朝の公園。
普段は一人で走る道も今日は二人。
もう少しここにいたい気もするけど。
そんなワガママ言えないかな。
キャップのツバをグッと下げて遅れを取り戻すようにスピードを上げた。