第73章 夢幻
手渡されたキャップの色はブラック。
若干気後れするロゴがあるけれど…
メッシュ生地で、いざ被ってみると心地よい。
「うん。すごく被りやすいですね。」
「生地も硬すぎず柔らかすぎず。」
くるんっと向きを変えて信彦さんの正面に立つ。
「似合います?」
「うん。よく似合う。」
うんうんと何度か頷きながらにっこり笑う。
「でも…何でこのデザインなんですか?」
近くに置いてある鏡を引き寄せ映ったロゴを指差す。
「『《オ》キャップ』って言うんだ。この《オ》が可愛いでしょ?」
後ろに回り込み鏡に映る私と目を合わせた。
こんな事…前もあったような?
いつだったかな?
思い出せそうなのに思い出せない。
「日菜乃ちゃん?どうしたの?ボーッとして。」
両肩をそっと掴まれ我に返る。
「あ。えっと。可愛いですけど…インパクトのあるデザインですよね。」
頭の奥にモヤモヤする何か。
それを振り払うように問い掛ける。
「んー。ボクは気に入ってるよ。」
「そうだ。これね。梶くんも被ってくれてるんだよー。」
棚からタオルを取って首に掛ける。
「日菜乃ちゃんもキャップ欲しければあげるよ?」
「えっと…使いたいときは信彦さんの借りますね。」
「あはは。じゃあ、そう言う事にしておくよ。」
窓の鍵を掛けてレースのカーテンを閉める後ろ姿を目で追う。
さて。準備は整ったみたい。
被ったキャップのツバを指先で持って少し上げる。
「今日は遠慮無くお借りしますね。」
得意気にフフンと鼻を鳴らす信彦さんが可愛い。
「じゃあ、行きましょうか。」