第73章 夢幻
「おはよう。」
頭上から聞こえる声に咄嗟に顔を上げる。
「おはよう…ございます。」
「こうして、顔を合わせるのは久々だよね。」
「はい…」
「同じベッドで喋る話としては変な内容だけど。」
言い終えると笑って頬に触れる。
「えっと。信彦さんいつ帰ってきたんですか?」
「うーん。2時くらいかな。」
枕元にあったスマホの画面に表示された時間から逆算しても、睡眠時間は足りてないのは明らか。
「お仕事まで、お時間あるようならもう少し寝た方が良いんじゃないですか?」
首をかしげて問いかけると信彦さんは、横にゆっくりと首を振る。
「ううん。今日はね。久々のオフなんだ。」
頬杖をつきながら、にっこり笑う。
爽やか過ぎる笑顔に思わず視線を逸らした。
「そうなんですね。お休みできて良かったですね。」
「何カ月ぶりかのお休みですよね?」
腰の付近でぐちゃぐちゃになっているタオルケットの端を引き上げ首まで潜る。
「うん。そうなの。日菜乃ちゃんもオフなら、どこかに行きたいって思ったけど…難しいかな?」
「もっと早く連絡すれば良かったよね。」
ふと顔を上げると残念そうに眉を寄せて寂しそうに笑う。
「えっと。信彦さん?私も今日はオフですよ。これと言って予定もありません。」
そう答えれば驚いたような大きな瞳。
「え?そうなの?」
「はい。出掛けるにも早いので信彦さんはもう少し寝てて下さい。」
そう言って、そそくさとベッドから降りた。
「え?どこか行くの?」
「私がいない方がゆっくり眠れると思って。」
乱れたパジャマの裾を引っ張って整える。
カーテンを開けると眩しい日差し。
「この時間なら走るのに気持ちいいかな?なんて。」
外を眺めて目を細める。
「え…ボクを一人にしないでよ。」
振り返るとベッドの上でちょこんっと座って、こちらを見る子犬みたいな信彦さん。
子犬と言うよりゴールデンレトリバー?
「それじゃあ、一緒に行きます?」
その声を聞くなり、ぴょこんっとベッドから降りた。