第72章 仮寓
「報道番組もやってんの?」
その声に手に持つナレーション原稿から視線をあげる。
「え?」
「え?じゃねーよ。」
視線を達央さんに上げても、達央さんは台本から目をそらさない。
「この前、報道番組でお前のナレーション聞いたから…」
その声に嬉しくなり、顔を覗かせた。
「聞いてくれたんですか?」
「たまたまだよ。」
そう言って、今度は私から逃げるように台本から遠くのキッチンへ視線を逃す。
「よく分かりましたね?」
負けじとその視界に入ろうと身を乗り出す。
「お前の声なんて、すぐに分かる。」
「それって、ナレーターとしてはどうなんでしょう…」
「そう言う意味じゃねーよ。」
「勝手に耳が反応するんだよ。」
急に自然がぶつかると恥ずかしさで今度は私が視線をそらす。
「…急にデレないでください……」
「デレてねーよ!」
頭上で聞こえる達央さんの声に思わず笑ってしまう。
「あはは。冗談ですよ。」
「でも。ありがとうございます。」
「そう言ってもらえて、すごく嬉しい。」
肩に腕を回され、引き寄せられた。
「よく頑張ってると思うよ。」
今は顔が見えないけど、達央さんが褒めてくれるのは本当に嬉しい。
「急に褒められると照れます。」
「じゃあ、もう褒めてやんない。」
そう言いながらも包み込まれる腕に力がこもる。
「本当に天の邪鬼ですよね。」
「うるせー。黙ってろ。」
キツい言葉を吐いても、優しく髪を撫でてくれる。
私は何が出来るんだろう…
まぶたを閉じて背中に手を回した。