第72章 仮寓
「そろそろ帰りますね。」
その声に気落ちしないと言えば嘘にはなる。
ただでさえ、負担掛けてるんだから。
帰りやすい空気ぐらい作らないとな。
「そっか。」
手元の台本をテーブルに置く。
「送るよ。」
「大丈夫です。まだタクシー捕まる時間ですし。」
「近くで拾いますよ。」
少しでも長くいたいんだけど…なんて言ったら…
困らせるだけだよな。
「それなら、乗るとこまでは送る。」
「大丈夫ですよ。」
「………送って行きたいところをガマンしてるんだから。」
「それくらい譲歩しろよ。」
オレってこんなに必死なんだ。
駄々こねてるガキみてー。
「…えっと…それじゃあ…お言葉に甘えていいんですか?」
「そうして貰わないと、オレの気が済まない。」
「では、宜しくお願いしますね。」
宥めるようにオレの腕をさすり、寄り添う。
離したくなくなるんだ。
本当は、帰したくない。
もっと、お前に触れて抱きしめて。
もっともっと深く触れ合いたい。
そんなワガママ。
言えるわけ無いよな。