第70章 起臥
頬に触れる布の感触。
………
確か、ユキのところから帰ってリビングのテーブルで寝てたような。
無意識にベッドに入ったんだろうか…。
横を見ても、信彦さんは帰ってないみたい。
時計を見れば、3時過ぎ。
ラジオは、何時からだったんだろう。
そろそろ帰ってくるかな?
すっかり目が覚めちゃったし、リビングで待っていようかな。
そんな事を考えながら、リビングの扉を開ければ電気のついた部屋。
ソファーの背もたれからかすかに除くフワフワの髪。
信彦さん?
寝てる?
そっと近づき覗き込めば、閉じた瞼に長い睫毛。
「信彦さん?ここで寝たら風邪は引いちゃいますよ?」
体を揺すっても起きる気配もない。
手元にはスマホ。
目の前のテーブルには、チョコが入っていたであろう包み紙が数枚。
ブログでも書きながら寝ちゃった?
スマホをテーブルに置いて、近くに畳んであったブランケットを体に掛ける。
「これで大丈夫かな?」
うんうんと頷いて、信彦さんの寝顔を見つめた。
すれ違いばかりだけど。
こうして、一緒にいられる現実。
数年前の自分が知ったら、驚いて信じられないと騒ぐだろうな。
一時は、声も掛けられない嫌われてたのに。
あの頃を思い出すと、さすがに苦しい。
掛けたブランケットに潜り込み、信彦さんの腕に抱きつく。
贅沢過ぎて、いつも夢の中にいるみたい。
本当にこれって現実なのかなって。
欲にまみれて、汚い私をそばに置いてくれる。
気付いてないのか…
それとも…
気付かないフリをしているのか…
どちらにしても、こうして触れることが許されてる。
『話しかけないでもらえるかな?』
あの時のことを考えると怖くなるのも事実。
それなら、他を手放さなければならないのに。
この汚い手は何も離そうとしない。
私は卑怯で。
臆病で。
抱えられるなら、すべてを抱えたい。
そんな事をしたら全部失っちゃうのにね。