第60章 還御
「能登さん。今までお世話になりました。」
「不安になったら、いつでも来なさい。」
肩にそっと手を触れて、笑いかけてくれる。
「ありがとうございます。」
「そろそろ行きますね。」
ここに来たときに履いていた靴。
この靴を履いて岡本さんの元に戻る時点で、矛盾を感じるけれど。
それでも…
一歩一歩と扉へ向かう。
扉に手を掛け、最後にもう一度振り返る。
「本当にありがとうございました。」
最後まで微笑んでくれた能登さん。
玄関の扉を閉めると廊下に射し込む薄い光。
まだ外は薄暗い。
岡本さん、まだ来てないかな。
エレベーターに乗り込み出口を目指す。
どんな顔をして会えば良いんだろう。
閉じた瞼をゆっくりと開けて、前を見る。
そう。
前に進むの。
開いた扉の先を目指して、歩みを進めた。