第57章 誹議
スタジオの廊下を歩くとポケットに入れたスマホが震えた。
『櫻井孝宏』
画面をタップし、耳元に当てる。
「もしもーし。」
「タツ?今いいか?」
「あ。はい。大丈夫ですが何か?」
「手短に言うんだけど…」
「昨日、東京駅でノブに会ってさ。」
「ヒナの事、一昨日タツに送らせたって言っちゃったんだよねー…」
「ノブさー。知らなかったみたいで…いやぁ…マズいことしたかもって…」
「一応報告。タツも当事者だし。」
「まぁ、うまくやってよ。ヒナが悲しまなければ、それで構わないから。」
「じゃあなー。」
「ちょっと待っ…って切れてるし。」
額が汗ばむ。
視線が泳ぐ。
ノブの事だから変な事はしないと思うけど。
いや。
オレに送られたからって何とも思わないだろうけど。
それでも…
指は自然とヒナの番号を探し出す。
電話したって何も変わらないけど…
お前の声が聞きたいんだ。
心配だけど…それ以上に声が聞きたい。
呼び出し音は鳴るものの一向に出ない。
仕事か?
メシでも作ってる?
一旦切るものの、胸のざわめきは収まらない。
再びタップし、続く呼び出し音。
永遠と続くようで…もどかしい気持ちでいっぱいになる。
諦め耳元からスマホを外すと遠くで聞こえる小さな声。
「はい…」
小さくて今にも消えそうな声は、少し力が無くて…
近くにいるならこの手で抱きしめたいのに……。