第56章 把持
「え?今の岡本さんじゃない?」
「本当に?」
すれ違った女の子が後ろで話してる。
全神経は後方の声に集中してしまう。
恐れていたことが現実に起きようとしているなんて…
やっぱり、私の隣にいる人は私が思っている以上に遠い場所にいる人。
迷惑なんて掛けたくない。
ずっと思ってた事じゃない。
階段から落ちたときも一番に思ったのは、岡本さんだけど…迷惑なんて掛けたくない。
そう思ったでしょ。
あの時とは比べられないくらい大きな失態を侵そうとしてる。
それだけは避けないと……
ぱっと手を離そうと絡めた指を外す。
それと同時に今度は強く手を握りしめられた。
「気づかれてますよ!」
小声になりながらも、横を歩く岡本さんを見上げる。
視線の先にいる岡本さんは、真っ直ぐ前を見て動揺すら感じさせない。
「お願い…このままでいて。」
少し早足になりながら人混みを進む。
「でも…」
心拍数がぐんぐん上がっていく。
「大丈夫。ボクがキミを守るから。」
嬉しい言葉で胸がいっぱいになるものの、それを覆い隠すように背後から感じる雰囲気に飲み込まれそうになる。
額には汗がにじんで、いつ頬を伝うか…。
このまま何も起きませんように…
祈るしか出来ない。
どうかこのまま切り抜けられますように…。