第56章 把持
休日の町は人が多くて歩きにくい。
パンプスの入ったショップバックを岡本さんが持ってくれる。
その少し後ろを距離を保ちながら歩く。
「はい。日菜乃ちゃん。」
呼ばれた声に顔を上げると手を差し出され戸惑う。
「え?」
「ほら。早く。」
そう言うと私の返事も待つことなく、右手を掴んで指を絡める。
「えっ?さすがにマズくないですか?」
「変装もしてないのに…」
周りをチラチラ見ながら顔を伏せてしまう。
「えー。大丈夫だよ。だって悪いことしてるわけじゃないし。」
「私はともかく、岡本さんは人気なんですから…自重しないと…」
「えー。やだ。」
「だって。日菜乃ちゃんはボクの彼女だから。」
「隠すつもりなんて無いんだけど。」
そんなこと言われると眉を寄せる事しか出来ない。
「お気持ちは嬉しいですけど…SNSなんかで流されたら取り返しが付かないですよ。」
私達声優にとって、その辺は死活問題で。
誰と食事をしたとか、遊んだとか…
特に人気の男性声優なんて一気に広まる。
私なんかのせいで岡本さんの人気に影響するとは思わないけれど…
それでも、やっぱり怖い。
何も考えずに貴方の事だけ考えてたあの頃に戻りたい。
周りのしがらみなんて考えずに貴方だけを見ていれば…