第51章 一笑
「あ。この辺で大丈夫です。」
「遠慮するなよ?歩けるか?」
「大丈夫です。痛み止めも効いてきたので、少しなら歩けます。」
「そうか…ノブに見られたら面倒か。」
咄嗟に出た言葉に情けなさを感じる。
「そう言う訳じゃ…」
「悪い。気を遣わせてどうするんだって話しだよな。」
「じゃあ、今日はここまでにしておく。」
ブレーキを踏んで、ゆっくりとスピードを落とす。
ハザードを焚いて路肩へ車を寄せた。
向きを変える体。
視界に入るこの細い腕を掴んで引き寄せたい。
帰したくない。
いや。返したくない。
言えるわけ無い言葉が滾々と湧き上がる。
「ヒナ…」
声は驚くほど小さい。
「……無理するなよ?…お大事にな。」
「はい…ありがとうございます。」
「おやすみなさい。」
少しはにかむ笑顔に胸が締め付けられる。
「あぁ。おやすみ。」
今日は『おやすみ』と言えた事で我慢しよう。
1日の終わりの挨拶。
最後に笑顔が見られたんだ。
それだけで十分。
会えないと思ったのに、こうして会えた。
感謝しないとな。
そう…。
お前は、居るべき場所に帰るだけ。
俺はほんの一時羽を休める場所で構わない。
また一緒に……なんて…。
随分ワガママになったもんだな。
想うってツラいんだ。
こんなに実感するなんて。
知りたくなかったかもな…。
ヒナの後ろ姿を見送りながら苦笑した。