第51章 一笑
「水澤?」
懐かしい声に振り返る。
見ただけで分かる質の良いジャケット。
背が高くて、鼻筋が通ってる。
一般的に言ったらイケメンと言う部類に入るんだろうな。
そう。この人が笑うなんて。
「森本さん。お久しぶりですね。」
軽く会釈をすれば、驚くように目を開く。
「数年でこんなに変わるとはな。」
腕を組んで顔を傾けて私を見つめる。
「あはは。何も変わってませんよ。」
否定の気持ちも込めて首を振る。
「いやいや。よく笑うようになったし。」
「こうして顔を合わせる事は無かったけど、話は聞いてたよ。」
「前なんて同性の同業者なんて話さなかっただろう。」
「常に戦闘態勢みたいな。」
「戦闘態勢なんて…ヒドいですよ。」
「ははは。悪い悪い。でもいつも噛み付きそうなヤツだったけどな。」
「仕事も順調そうで。」
貴方もよく笑うようになったと思いますよ。
「森本さんこそ順風満帆じゃないですか。」
「所属も増えたそうで、さすがです。」
「優秀な役員さまのお力ですね。」
「いやいや。うちなんて大沢事務所の足元にも及ばないよ。」
「迎えに行くとか言っておいて…いつになったら声を掛けられるか。」
「移籍して貰える程の魅力がうちにはまだ無いよ。」
「何言ってるんですか。」
「本当は自信満々なくせに。」
「ははは。それは勿論。大切な会社、社員、声優だからな。」
~♪
着信を知らせる音色に会話は途切れた。
「おっと…そろそろ行かないと。」
「なかなかお会い出来ませんが、またお会い出来ることを楽しみにしています。」
そう言えば、今日一番の笑顔を見せてくれる。
「あぁ。また何処かで。その時は移籍の話を持って行くよ。」
軽く手を上げ背を向ける。
私は何も変わりませんよ。
そう…
あの頃と何も変わってない。