第33章 周章
さすがに、こんな注目を集めている作品に出演するなんて。
怖い…
逃げたい……
毎日、何をしても気持ちが入らない。
レッスン中も何度も何度も注意される日々。
「あら?」
「何か落ちてるのかしら?」
顔を上げると、不思議そうにこちらを覗う瞳。
「いつも下ばかり向いてるのよ。」
「知ってた?」
ニコッと笑う能登さん。
私みたいな新人に声を掛けてくれるなんて。
それだけでも嬉しかった。
「曹くんが心配してるわ。」
「アナタは思い込むと、回りが見えなくなるって。」
「一生懸命になるのは良いことだけど。」
「日菜乃は、養成所でも頑張ってきたんでしょう?」
「その頃のアナタの事は、私は知らないけれど…」
「辛いことも沢山あったでしょう。」
「それでも、声優になりたいって頑張って来たのよね。」
「めげずに事務所のオーディションも沢山受けて。」
「うちの事務所で働きたいって、言ったのよね?」
「まだスタートラインに立ったばかりでしょ。」
「これから先、どんな花を咲かせてくれるのか楽しみにしてるわ。」
「近くで見せてね?」
優しい笑顔に声が出ない。
気持ちばかりが溢れて、言葉に出来ない。
涙を堪えて、瞼を強く閉じる。
フワッと鼻腔を擽る優しい香り。
能登さんは、そっと抱き締めてくれた。
「良い作品を一緒に作りましょう。」
「笑って。ね?」