第32章 追憶
着いた先は、表参道にあるサロン。
扉を開けると白い壁に明るめの照明。
目を細めてしまう。
私の先で、慣れた様子で受付の女性と話をする森本さん。
アシスタントと思われる男性が小走りで店の奥に消えて行くと同時に、奥から声が聞こえた。
「森本さん。いつも急なんですから…困りますよ。」
颯爽とこちらに歩みを進める男性。
パーマが掛かった明るい髪が似合ってる。
「まぁ、もう慣れましたけど。」
軽口を叩きながら、私達に近づく。
多分、美容師さん。
目が合うとニコッと笑って話し掛けてくる。
「こんばんは。初めまして。」
「佐久田です。よろしくお願いしますね。」
「……よろしくお願いします。」
イマイチ状況が飲み込めないまま通された席につくと、すぐにクロスが掛けられた。
「あのっ」
鏡越しに見えるハサミとスプレーボトル。
ようやく置かれた状況を理解した。
「切るんですか?」
「えっと…森本さん。話してないんですか?」
驚いた顔の佐久田さん。
その横で腕を組んで、こちらを見る森本さん。
「その髪型似合ってないから。」
「ちょっと!森本さん!もっとオブラートに包んで下さいよ!」
慌てふためく姿に当事者であることを忘れてしまう。
「さすがに了承が無い女の子の髪は切れませんよ?」
「あ?大丈夫だ。コイツなら、水澤に似合う最高のスタイルにしてくれる。」
「だから、安心して任せろ。いいな?」
両肩に手を置かれ、グッと力を込められる。
「分かりました。お仕事ですもんね。」
一度瞼を閉じて、ゆっくり開いて心に決める。
こうして声優としてのスタートラインに立てたのも、事務所に所属出来たから。
少しでも早く結果を出して、役に立ちたい。
私は、もうプロになるんだから。
本当の自分なんて、頑なに守る必要なんて無いの。